"次代へ挑む" ファーストコールカンパニーの取組み

株式会社カガヤ

株式会社カガヤ

  • 代表取締役会長 加賀谷 輝雄 氏
  • 代表取締役社長 加賀谷 浩一 氏

株式会社タナベ経営

  • 取締役副社長 長尾 吉邦
  • 東北支社長 深澤 宏
  • 東北支社 支社長代理 藤井 健太
  • 東北支社 経営コンサルティング部 山本 晃裕

苦しい環境の中で知恵や技術を習得

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長尾 いつもタナベ経営のコンサルティングをご活用いただき、ありがとうございます。御社は今年、加賀谷会長が会社を継承されてから40 年目を迎え、東日本エリアでナンバーワンと称されるまでに成長されました。加賀谷会長が事実上の創業者と言えますね。

加賀谷(輝) 当社は私の父の加賀谷重明が1967 年に創業し、72 年に会社組織を設立しました。その年に父が亡くなり、私は母を助けながら会社経営に着手。74年に代表取締役社長となりました。24歳の時です。

長尾 当時の規模はどのくらいでしたか?

加賀谷(輝) 従業員2、3人の零細企業です。私の夢は調理師になることでしたが、父の仕事を手伝うことになりました。門外漢ですから、道具の名前も見積もりの仕方も分からない。同業者に仕事を回してもらい、商品が出来上がったら請求書の書き方を教えてもらうといった調子でした。しかし、そうした苦しい環境に身を置いたからこそ、多様な知恵や技術を身に付けることができた。「貧乏っていいことだ」とつくづく思います(笑)。78 年、盛岡工業団地(当時は盛岡鉄工団地)に工場を新設し、会社を移転しました。

長尾 創業時はまさしく、ヒト・モノ・カネの全てが「ないない尽くし」。だからこそ知恵が出るし、気迫も伝わったのだと思います。工場新設が大きな転機になったのですね。

加賀谷(輝) 従来は小さな金物の製造を専門にしていましたが、鉄骨の建物を見て「こういう仕事をやってみたい」と思いました。工業団地で建築関係の職人たちと知り合ったことが、鉄骨事業に進出する大きなきっかけになりました。

長尾 盛岡工業団地を拠点にしてから業績は伸びましたか?

加賀谷(輝) バブル景気が始まる4、5年前までの経営は、悪戦苦闘の連続でした。今でもはっきり覚えているのは、22、23 歳の頃、銀行に資金融資を申し込んだ時のこと。「200 万円くらいなら貸してもいい」と言われましたが、それは銀行に預けてある当社の積立金と同じ額でした。「これは果たして融資と言えるのだろうか?」と悔しく思い、無借金経営を目指そうと奮起しました。

【経営理念】
会社の発展がお客様や地域のおかげであるとの感謝を忘れず、いつまでも人々の記憶に残る感動を与えられる製品づくりを目指します

先代の経営ノウハウを組織として承継する

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長尾 御社の財務データを拝見すると、特に素晴らしいところが三つあります。一つ目が、建設業界にあって自己資本比率60%以上という財務体質のよさ。二つ目が、経常利益率が業界では圧倒的に高いこと。そして三つ目が、成長スピードとお客さまからの信頼が非常に高いことです。この三つの要素が高次元でそろっている会社は、業界でも希少と言えます。加賀谷(輝)何と言っても、財務の内容がよくなければ、人は集まりません。
 当時、われわれの業界には「原寸」という重要な部署がありました。大工でいえば「棟梁」の役割です。今ではCAD が普及し、以前に比べて楽になりましたが、当時は原寸大に床書きしたりして収まりを検証するわけです。しかし、「原寸屋」は何人もいません。経営を始めたころは、貧乏で技術にも乏しく、"若造"が社長を務めている会社でしたから、原寸屋さんやベテランの職人さんに信頼してもらえず、人集めに大変苦労しました。この状況を打開するために、少しずつでもいいから貯金しようと決心しました。

長尾 タナベ経営では「自己資本比率は会社の寿命を示す」とし、その目標は60%と提唱しています。加賀谷会長は、自己資本比率を自社の寿命として捉えたのはもちろん、会社の信用、さらには優秀な人材確保の手段とお考えになったのですね。

深澤 御社は会長、社長、副社長の3役で経営に努めておられます。役割分担を含めて、会社をうまくけん引する秘訣を教えてください。

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加賀谷(輝) 私は営業面と全体的な管理を担当し、弟である取締役副社長・加賀谷住昭は工場の管理と見積もりなどの問題点を担当しています。「よいモノをつくって納期を守るのが一番大事」という揺るぎない共通認識ができており、困ったときには話し合っています。重役や管理職も同様の姿勢です。誰かが困っていたら周囲の人が助けるという「昭和のコミュニケーション」ですね(笑)。

深澤 加賀谷浩一社長は2013年、後継者として社長に就任されました。ご自身の役割をどのように捉えておられますか?

加賀谷(浩) 実質的な創業者である会長は、実に多様な経験を持っています。経験で比較されると、私は全く太刀打ちできません。ですので、私は今まで会長と副社長が果たしてきた役割を、タナベ経営のサポートを受けながら、組織としてきちんと果たせる体制を確立したいと思います。

工場の生産能力を生かし東日本エリアへ営業網拡大

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長尾 ISO を取得したにもかかわらず、自ら登録を取り消していますが、その理由は何でしょうか?

加賀谷(浩) ISO9001 とISO2000 の認証を取得したのは02年です。しかし、07 年には認証登録を取り消しました。その理由は、当社がISO を通して実現したい目的と、ISO の要求内容がズレてきたからです。

加賀谷(輝) 社員数の増加に伴って、作業分担がうまくいかない、担当を設けたものの役割がうまく果たせないといった課題が発生。これを解決するため、ISO 取得をスタートしました。それが一段落したので、認証登録を取り消し、独自のカガヤマネジメントシステム(KMS)を構築したわけです。

深澤 初めて御社を訪ねた時、工場に経営理念や標示類を大きく貼り出すことで、効果的に理念や指針を共有化している企業だと思いました。

加賀谷(輝) 会社に余裕ができると、「当社は何を求めているのか」「何のために仕事をするのか」「社員に何をやってもらいたいのか」と考えるようになります。そして、自分が思っていることを皆に分かってもらいたいと考え、02 年に経営理念を制定しました。
 この理念に「感動を与えられる製品づくり」というフレーズがありますが、お客さまが感動する前につくる本人が感動しなければ、仕事は面白くないはずです。技術向上のためにも納得感や歓びが不可欠。自分が何のために働くのかという歓びを覚えてほしいという願いが込められています。

加賀谷(浩) 会長の思いを工場に掲示するようになったのは、98年に武道工場が完成したころからです。

藤井 その武道工場が差別化につながっています。差別化のポイントを教えてください。

加賀谷(浩) 武道工場が稼働するまで、当社の生産能力は月産1000t 程度でしたが、武道工場ができたことで月産約5000tと一気に向上。しかし、完成した年は3カ月以上も仕事が途絶えて苦労しました。以前は、物件が一つあれば全従業員が働くことができましたが、新工場ができたことで、常に複数の物件を受注しないと余剰人材が出ることになったのです。

加賀谷(輝) その「量」を確保するために、東京に拠点を置いて東日本エリアへ営業網を拡大。関東の物件受注に全力で取り組みました。

異業種にも進出しさらに面白い会社へ

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山本 人材教育に対してどのようにお考えですか?

加賀谷(輝) 私は「会社は面白くなくてはダメ」と思っています。面白い会社には、人が集まってきます。当社の門を叩く若者にとって一番大事なのは、給料ではなく「何がつくれるのか」でしょう。それゆえ、いかに満足できる商品をつくれるかが、最も効果的な人材教育になります。「これで本当に満足か」「ほかに発想はないのか」とモチベーションを上げていける環境を整備したいのです。
 そして、仕事で壁にぶつかった人がいたら、皆で協力してブレークスルーする。そのような社員を育成できたら、他社とは違った面白い会社になれると思います。ここでも、当社の伝統である「昭和のコミュニケーション」が大きな役割を果たすでしょう。

山本 感動を与える製品づくりの実現には、社員一人一人の向上心と、密接なコミュニケーションが欠かせませんからね。

加賀谷(浩) 人材育成に関しては、常に模索中です。きちんとした人材を育成できる方程式があれば、どの企業も苦労はしませんからね。「バラバラのスキルを統一するにはどうしたらよいのか」といった悩みは尽きません。
 コミュニケーションの取り方に関しても、ハード面からメンタルな部分までを総合的にマネジメントすることが、人材育成につながると思います。「昭和のコミュニケーション」も、その手段の一つですね。特に、私を補佐する人材をどう育てるのか、今後の会社組織をどう構成するのかが、喫緊の課題となっています。

加賀谷(輝) 日本は高齢社会になっているので、社員はできる限り65 歳まで雇用する方針です。体力が落ちていたとしても、頭はしっかりしていますからね。私が先頭に立って、シルバー人材を活用する集団を発足しようと考えています。先輩からの指導やアドバイスはとても大事ですから。世代を超えた人のつながりや道徳を教える企業でありたいと思います。

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深澤 2020 年には東京オリンピックが開催されます。将来の業界を見据えた経営戦略を教えてください。

加賀谷(浩) この業界は基本的に多品種少量生産です。業界の外から見ると、「同じモノを大量に生産するのだから、ロボット化すればよい」と思われがちですが、当社が担当する高層ビルや工場は、お客さまごとにニーズが全く異なります。そのため、新規参入しやすいように見えながら、実は難しい業界と言えます。
 また、人が生きるために不可欠なモノをつくっているので、業績の変動はあっても、仕事がなくなることはあり得ません。今までの経験を生かし、時代のニーズをきちんと感じていけば、生き残れる自信があります。いかに謙虚に勉強し、時代の流れを読んでいくかが、ファーストコールカンパニー(顧客から一番に声をかけてもらえる会社)の実現につながると思います。

加賀谷(輝) 現在は、本業を助ける第二、第三の柱が必要だと感じます。その一環として、11 年に建築事業部を立ち上げ、12年には岩手県下閉伊郡山田町にホテルを建設して関連会社(株式会社テル・コーポレーション)によるホテル事業を開始。さらに13年には、大規模太陽光発電所による売電を行うメガソーラー事業を立ち上げました。本業が落ち込んだ時にリカバリーできるような事業に成長させたいですね。社員がやりたい事業を実現させるきっかけにもなるでしょう。
 従来とは異なる仕事に取り組む社員の真剣な目つきは、見ていて面白い。社員自身も面白がっているはずです。社員が面白がると、会社は大きくなるものです。

長尾 ファーストコールカンパニー「五つの宣言」は、「顧客価値のあくなき追求」「ナンバーワンブランド事業の創造」「強い企業体力への意志」「自由闊達に開発する組織」「事業承継の経営技術」です。カガヤはまさしくそれを追求してファーストコールカンパニーを目指されています。今後さらなる発展を遂げ、東日本エリアだけでなく「日本のカガヤ」へと成長されることを祈念します。

PROFILE

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  • 所在地:〒028-4131 岩手県盛岡市玉山区芋田字武道9-95 TEL:019-683-2620(代)
  • 資本金:2000万円 創業:1967年 売上高:132 億円(2014 年3月期) 従業員数:235 名
  • 事業内容:鋼構造物事業(設計・施工)、建築事業(建築・リフォーム・土木/設計・施工)、メガソーラー事業(売電)
    http://www.iwate-kagaya.jp/