"次代へ挑む" ファーストコールカンパニーの取組み

株式会社冨山

株式会社冨山

  • 代表取締役社長 冨山 道郎 氏
  • 業務部 主任 冨山 浩明 氏

株式会社タナベ経営

  • 常務取締役 中村 敏之
  • 新潟支社長 遠藤 俊一

戦後の農業発展とともに肥料卸売業で発展

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中村 タナベ経営のコンサルティングや研究会をご活用いただき、ありがとうございます。
 「歴史を知ることが未来を創る」と言われます。200 年を超える冨山の歴史についてお聞かせください。

冨山(道) 当社は江戸時代の文化・文政年間(1804 ~ 30 年)に回船問屋として創業しました。社名の通り越中の富山からスタートし、屋号は「越中屋四兵衛」でした。
 肥料・農薬・農業資材の事業は、大正時代の末ごろに祖父が始めました。まだ化学肥料がなく、中国から大豆や魚カスなどを輸入していたのですが、戦時統制で肥料を自由に販売できず、一時中断。戦後の1950(昭和25)年に統制が解除され自由販売になって、父が会社を設立しました。
 当時は有機肥料主体から、化成肥料や硫酸アンモニウム・尿素といった化学肥料への転換期。農作物の増産運動の時期でもあり、日本の肥料産業が盛んな時代でした。また、硫酸アンモニウムや尿素は輸出で成長しましたが、74(昭和49)年の第一次オイルショックで大打撃を受けました。尿素は石油のナフサが主原料であるため、東南アジアや中東が尿素の生産国となり、日本は輸入する側になりました。
 肥料卸売業を事業の柱としながら、ニワトリやブタを飼育する農家のために飼料も手掛けましたが、昭和30 年代に飼育の大規模化とともにメーカーが直接販売に乗り出したため撤退。飼料に代わるものとして、63(昭和38)年から農薬の卸売業も手掛け、肥料と農薬の2本柱となりました。
 私は大学を卒業後、東京の商社で勤め、79(昭和54)年に入社、92(平成4)年に社長に就任。それまで冨山四平商店という社名でしたが、CI (コーポレート・アイデンティティー)を実施し、社長就任時に社名を「冨山」に変更するとともにロゴマークを作成。同時に経営理念「社志」もつくりました。

【社 志】
★大地を耕し、命を育む人の生活に貢献します。
★農業界に新しい活路、指針を提供します。(常に変化に対応した農サービスの展開と農生産の振興を図ります)
★世界を視野に収めたアグリビジネス事業を展開します。(地球上の価値ある農作物の生産と流通を支援し事業化します)

肥料の小売りや中国での生産にも着手

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中村 社志に込められた思いをお聞かせください。

冨山(道) 社志は、「大地を耕し、命を育む人の生活に貢献します」「農業界に新しい活路、指針を提供します」「世界を視野に収めたアグリビジネス事業を展開します」の3点を掲げています。
 96(平成8)年に卸売業から小売業へ進出。上越新幹線が開通し、高速道路網も整備されてヒトとモノの流れが首都圏とつながり、県外から同業他社が新潟に参入した時期でした。また、ホームセンターも農家向け商品を扱い始め、そうした変化を受けて卸売業だけではダメだと考えたのです。
 94(平成6)年に茨城県の農家向けホームセンターの店舗を視察し、これからキャッシュ&キャリーの業態が伸びるだろうが、時期尚早だと思っていました。しかし、業態開発に取り組む仲間から背中を押される形で、佐渡にキャッシュ&キャリーの「農家の店
 とんとん」1号店を出店したのです。
 これにより、従来の"卸売業の盆暮れ勘定"という商習慣が、店頭での現金販売へと180 度転換。これは社志の「農業界に新しい活路、指針を提供します」という考えに基づき、遂行できました。
 その後、ホームセンタームサシのFC(フランチャイズ)を引き受けたり、当社のノウハウを提供したりといった展開の中で、他のホームセンターからも声を掛けられ、全国に広げるチャンスが生まれました。
 ところが、肥料は新潟県内では特約で売れるものの、他府県ではダメという制約がありました。そこで2001( 平成13) 年に中国から肥料を輸入したところ、思わぬ伸びを示し、04(平成16)年に合弁会社を設立。日本全国に販路を広げることになったのです。
 社志の三つ目である「世界を視野に収めたアグリビジネス事業を展開します」も、中国進出で可能になったと思います。

垂直統合プラットフォームとマルチチャネル化を実現

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中村 「食と農の架け橋としての農業トータルソリューション」を実現させなければならないという強い思いで事業を展開されています。

冨山(道) さまざまな制約条件をクリアするため、小売りである「農家の店
 とんとん」や製造拠点として中国進出に取り組みました。それが結果的に、経営戦略に掲げる「垂直統合型プラットフォーム」を実現。中国でメーカー機能を持ち、物流や小売りの機能を展開することで、農業生産のバリューチェーンを構築しているところです。
 また、中国から輸入する肥料が多くなり、物流機能を強化するため、07(平成19)年に本社をコンテナヤードのある新潟東港に移転。旧本社跡地には、農家のお手伝いができるように農産物の直売所を開設しました。農家に資材を売る側だったのが、生産物を買う側にもなり、農家の本音も聞ける相乗効果を生んでいます。

中村 食と農の架け橋という志が、垂直統合モデルをつくり出したのだと理解しました。もう一つの大きな特徴であるマルチチャネルについて、お聞かせください。

冨山(道) もともとの販売経路は、肥料の販売店でした。それが農協や農機具店、種苗店、ホームセンターや資材店と、あらゆるチャネルに展開。そのため、さまざまなアプローチの可能性があります。農産物の販売についても、直売所だけでなく新たなチャネルの構築を考えたいですね。

中村 「戦略は理念に裏打ちされ、初めて有効に機能する」。私の経験科学です。農業のトータルソリューションは、垂直統合モデルとマルチチャネル戦略を通じて実現していく。そう確信いたしました。

2020年のビジョン実現時、売上高140億円への倍増を目指す

遠藤 今後の展開についてお聞かせください。

冨山(道) 中国の重慶工場は急成長を遂げていますが、影響が最も大きかった出来事は、リーマン・ショック後に中国政府が肥料も鉱物資源として輸出関税を掛けるようになり、経営環境が大きく変化したことです。そこで、中国国内での販売を増やすことと、肥料の原料販売に取り組みました。その結果、現在は倍々ゲームで売上げが伸びています。
 また来年には中国で新たに肥料原料工場を立ち上げます。この工場が立ち上がれば、売上げをさらに確保できるので、これも業績に寄与するでしょう。
 そのほか、ミャンマーにも期
 待しています。インフラが未発達で、肥料の消費量はタイやベトナムに比べて3分の1程度ですが、これから伸びる可能性があって面白い。現状では重慶工場から輸出し、マーケティングをしながら様子を見ようと思っています。

遠藤 2020 年に売上高140 億円を目指す中期ビジョンを策定されました。

冨山(浩) 創立60 周年を迎え、商店と住居が同じで従業員2~3名という規模から、対外的にさまざまな取り組みをし、売上げが伸びて従業員数も増えました。しかし、社内体制は次のステップに踏み出せる段階ではありません。だから、ジュニアボード(青年役員会)で組織経営について学び、冨山社長が1人で考えていた中期経営計画を全社員で考えたことは、良い機会になりました。

遠藤 冨山主任をはじめ、幹部メンバーの皆さんが、ビジョンの実現に向けて考える良いきっかけになったのではないかと思います。
 このたび、新潟県が農業特区に選ばれました。このチャンスを生かすための課題はありますか?

冨山(浩) 肥料の卸売業からチャネルを増やすとともに、川上から川下まで垂直統合で展開し、チャンスが点在しています。農業特区に選ばれ、これら点を線にする環境が整いました。今後は点をつなげ、大きな柱をいかにつくるかでしょう。
 ただ、特区となれば、農業と関係のない企業にもチャンスが生まれる。今はアドバンテージがありますが、いつ状況が変わるか分からないので、現状に甘んじることなくチャレンジしたいです。

遠藤 農業特区に選ばれ、これまで積み上げてきた事業を、点から線へ、線から面へ発展させるために、立体的に見直すチャンスが生まれたわけですね。

三つのカンパニー構想実現のため、人づくりへ挑む

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中村 冨山は、顧客価値を倍増する「三つのカンパニー構想」を掲げています。一方、「組織は戦略に従う」故に、人づくりや組織づくりも進化させねばなりません。

冨山(道) 数値目標は、13(平成25)年に「売上高70 億円を2020 年に140 億円にする」と掲げました。これを実現するには、「トータルソリューションカンパニー」を軸にしながらも、「スマート(循環型農業)カンパニー」「グローカル(グローバル&ローカル)カンパニー」の視点を加えることが必要です。
 トータルソリューションカンパニーとは、農業が抱える問題や課題を解決するお手伝いができる会社になること。これが一番の基本です。そのためにも、農業とエネルギーの問題を融合させ、循環型農業を普及させたいと考えます。その一つとして、バイオマスがあります。生ゴミ、食品残さ、下水汚泥からバイオガスを発生させ、電気を起こして売電する。その際に出る約75℃の温水は、ビニールハウスの熱源に利用。化石燃料と経費の削減につながり、ハウスで冬でも作物がつくれるようになる。最後に出てくる消化液は、液体肥料や堆肥として利用。そういった循環型農業実現にチャレンジしていきます。
 また13( 平成25) 年から、営農を継続する条件で田畑に太陽光発電パネルが設置できるようになりました。農地や耕作放棄地を有効利用し、エネルギー問題だけでなく資源を無駄にしないスマートカンパニーを目指します。
 さらに、肥料原料は輸入品であるため、農業は海外情勢に左右される状況にあります。故に、中国に工場を設置する一方、ミャンマーへの展開も視野に入れています。その上で新潟に根差した事業を展開したい。これがグローバル展開をしながらローカルを重視するグローカルカンパニーの考え方です。
 トータルソリューションカンパニーを基軸にしたスマートカンパニー、グローカルカンパニーの三つが実現できれば、顧客価値は倍増。結果、売上高の倍増も夢ではありません。ただ、組織が今のままでは難しい。売上げと社員の規模に応じて組織を進化させねばなりません。売上げのみの追求は「膨張」です。「成長」するには、組織体制の整備が必要だと感じています。

中村 私たちも「常にチャレンジする風土」と「規模の壁を突破する経営システム」づくりをお手伝いいたします。
 最後に「1・10・100・1000」という言葉を贈ります。ぜひ冨山社長、冨山主任と共有させてください。「1」は農業トータルソリューションカンパニーを軸にした「三つのカンパニー構想」を実現させ、圧倒的なファーストコールカンパニーを実現すること。「10」は「10 年先はヒトで決まる」と言うように、次代の経営チームへのスムーズな承継。「100」は100 年発展企業にチャレンジするということ。創業100 年は優に超えておられますが、一時中断後の設立からは60 年。100 年発展型企業としての新たなモデルをつくっていただきたい。最後が「1000」。これは顧客創造キーワード、すなわち「千客万来モデルの確立」です。ぜひ、このキーワードで発展していただきたいと願っています。

PROFILE

  • 所在地:〒950-3102 新潟市北区島見町2434-43 TEL:025-255-3980
  • 資本金:1000万円 創業:1916 年 設立:1954 年
  • 売上高:70 億円(2013 年10月期) 社員数:44 名
  • 事業内容:肥料・農薬・農業資材の輸入・販売、米穀・農産物の販売・仲介・斡旋、農業パワーセンターと農産物直売所ピカリ産直市場「お冨さん」の開発・経営およびフランチャイズ事業、店舗運営支援およびシステム開発、農産物のインターネット通信販売、農業経営のコンサルティングおよび農作業の請負・代行・委託、広告事業、保険代理店
    http://www.tomiyama-agri.com/