2017.11.03





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年輪経営でじっくり育む「いい会社」
みんなが幸せになるために会社は存在する


家庭用寒天「かんてんぱぱ」で知られる伊那食品工業は、国内寒天市場のシェア8割を占めるファーストコールカンパニー。
創業以来48期連続増収増益という驚異的な実績を持つ同社だが、その本質は社員のハピネス(幸せ)を追求する独自の経営哲学にある。混迷の時代に会社はどうあるべきか ――。
「売上高や利益は企業存続の手段にすぎない」と言い切る取締役会長の塚越寛氏に伺った。


社員のハピネスの総和こそ企業価値

若松 ここ「かんてんぱぱガーデン」は心が落ち着くような、素敵な場所ですね。この対談前にガーデン内の「そば処栃の木」に昼食で立ち寄ったのですが、予約も何もしていなかったのに「タナベ経営さんですね」とスタッフの方に声を掛けていただきました。

塚越 今回の対談のことをどこかで聞いたのでしょう。当社は社員に対して秘密をつくらず、何でもオープンにしています。会社は一枚岩になることが大事。そのためにはコミュニケーションです。私たちは社員旅行を毎年実施しており、1年おきに海外に行くのもそのためです。特に、2018年は創業60周年ですから、ヨーロッパへ行こうと計画しています。

若松 ヨーロッパ旅行は社員の皆さんにとっても良い記念になりますね。塚越会長は日頃から「社員を幸せにするために会社がある」と明言されています。

塚越 社員を大切にすると、目に見えて社内の雰囲気が良くなります。それがモチベーションにつながることを、これまでの経験から確信しています。今でこそ採用に苦労しなくなりましたが、創業からしばらくは人手不足が深刻でした。社員の定着率も低かったため、少しでも長く働いてもらえるように職場環境の改善に取り組んできました。常に、「どうやったら社員が楽になるか」「働きやすくなるか」という視点で、社員のためにお金を使う。こうした会社の姿勢が伝わるとモチベーションは上がりますし、環境改善は自分のことですから社員も真剣に考える。考える習慣が身に付いてより良い提案が出るようになる。そうして会社が少しずつ良くなっていくのです。

若松 社員が成長した分だけ企業が成長する、ということですね。しかし、昨今は売上高や利益だけで企業の成長や良さを測ろうとする風潮が強くなっているように感じます。

塚越 そうした考え方はあまりに短絡的だと思います。売上高を成長と捉えると、「自分だけが儲かればいい」となってしまう。利益についても、払うべきものを払わなければ会社の利益は増えますが、それでは周囲は豊かになりません。使うべきところに全部使った後に残ったものが利益です。だから私はいつも「利益はウンチ」だと言っています。人間は、排せつするために食べているわけではありませんね。もちろん、利益は大事です。利益がないと会社は経営できませんから。

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木漏れ日の美しい「かんてんぱぱガーデン」

「どう儲けるか」ではなく「どうあるべきか」が大切

若松 急成長ではなく、木々が育つように、毎年少しずつ成長し続ける「年輪経営」を実践されています。創業当時からこうした経営哲学、経営方針をお持ちだったのでしょうか。

塚越 いいえ。社長代行就任当時は不良債権があって、資産らしいものなんてない日本一貧乏な会社でしたから、売り上げを上げることに必死でした。しかし、ある程度の規模になって経営が落ち着いたころ、会社はどうあるべきかを考えるようになりました。そのころ、二宮尊徳翁や松下幸之助氏の著書をはじめ、とにかく本をたくさん読みました。中でも影響を受けたのが、出光興産創業者の出光佐三氏が書いた『働く人の資本主義』(春秋社)。何度も読み返すうちに、「企業は本来、会社を構成する人々の幸せの増大のためにあるべきであり、そのために大事なことは会社が永続すること」という考えにたどり着きました。

若松 昨今は最短距離で規模を拡大するためのノウハウが重視されがちですが、塚越会長は経営の踊り場に立たれた時、どうやってさらに儲けるかではなく、「どういう会社になりたいか」に目を向けられたのですね。

塚越 目先の効率は長期的には非効率。「急がば回れ」ということわざがありますが、伊那食品工業でも、生産性向上より社員の環境改善に対する投資を優先してきたからこそ、社員が定着して会社がここまで大きくなったのだと思います。まずは社員が幸せになるために、そして世の中のために資金を使うことを意識してきました。

若松 最近は「働き方改革」などの言葉もありますが、とっくの昔からそれを実践されているのですね。私の経験では、経営不振の原因のほとんどは過剰投資と販売不振ですが、伊那食品工業の場合、景気動向に関係なく社員の幸せのために投資し続けてきたわけです。

塚越 社員が働きやすい環境をつくることが第一です。現在も寒天の生産工程の一部で自動化に取り組んでいます。建物・設備合わせて7億円規模の投資ですが、新たに自動化されるのは1つの工程のみ。この工程は大変な作業ですから、毎朝1時間ほどかけて事務担当も含めた全社員で行っていました。全員で行うというのも1つの工夫だったのですが、そこを自動化すれば社員は楽になります。改善後の生産性は今とあまり変わらないので採算は合いませんが、無借金経営ですし、長い目で見ればプラスの効果が大きいと考えての投資です。

研究開発で挑む高度の専門化とブランド化

若松 会社の設立から16年目の1973年、自社内に研究室を開設して技術や用途の開発を進めた結果、成熟商品と考えられていた寒天の可能性は大きく広がりました。ブランドを生み出した経営と大きな関係があると推察します。早い段階から研究開発に力を入れた理由をお聞かせください。

塚越 当初、研究室は10人でスタートしました。当時の社員数は約100人でしたから、その1割を開発要員に充てようと決めました。これは今も同じで、社員数約500人のうち、50人が研究開発に携わっています。メーカーは今後、研究開発が重要な存続スキルになるだろうと考えていました。1割と決めた理由は特にありませんが、遠くをはかるにはこれぐらいの人材が必要だろうと思います。

若松 寒天という素材を高度な専門性で業務用寒天、業務用食材、業務用ゲル化剤、家庭用製品と、総合展開されています。企業は成長過程において下請けで終わる企業と自社ブランドを持って開発力で成長できる企業の2つがあります。その大きな違いはブランドにある場合が多いのです。塚越会長のご著書『リストラなしの「年輪経営」』(光文社)の中で「『いい会社』をつくるための10箇条」が印象に残りました。

塚越 当たり前のことを当たり前に行うことは決して簡単なことではありません。だから、私は10箇条として明文化し、常にそれに照らし合わせて戒めとしているのです。

「いい会社」をつくるための10箇条
1. 常にいい製品をつくる。
2. 売れるからといってつくり過ぎない、売り過ぎない。
3. できるだけ定価販売を心がけ、値引きをしない。
4. お客様の立場に立ったものづくりとサービスを心がける。
5. 美しい工場・店舗・庭づくりをする。
6. 上品なパッケージ、センスのいい広告を行う。
7. メセナ活動とボランティア等の社会貢献を行う。
8. 仕入先を大切にする。
9. 経営理念を全員が理解し、企業イメージを高める。
10. 以上のことを確実に実行し、継続する。


出典 : 塚越寛著『リストラなしの「年輪経営」』(光文社刊)


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人生は一度きり。 経営者が1人でも幸せになる人を増やそうという気持ちでいることが大事です。そうすると日本は本当に良い国になる。

「価格競争をしない」という戦略を選択する

若松 1980年に発売した消費者向けの「かんてんぱぱ」シリーズは、この10箇条を実践されて多くの支持を獲得し、ブランド化されています。

塚越 年輪経営を実践する上でブランド化は非常に良い方法です。ブランドが確立していると安売りしなくてよくなる。昨今は安いことが庶民の味方だと思われていますが、経済はそんなに単純なものではありません。価格を下げるために仕入れを値切れば仕入れ先の社員の給料が安くなり、貧しい人が増えてしまう。それでは幸せな人は増えません。

若松 価格には理由があります。安さの背景にも目を向けることが大事ですね。消費者向けの販売においてはオンラインショップを活用されていますが、直接販売は消費者との接点になるほか、適正価格を維持できるという利点もあります。

塚越 もともと県内に限って販売しており、県外では販売していませんでした。そこに、たまたま商品を購入した県外のお客さまから、「どこに行っても商品が置いていない」と手紙をいただくようになりました。初めは1日2、3通でしたから、商品を箱詰めしてお送りしていたのですが、その数は増え続け、気が付けば控えた名前が3万5000人に到達していました。せっかくなので試しに手紙を出してみたところ、リピート率が非常に高い。だったらネット販売しようとスタートしたわけです。

若松 普通なら大手スーパーへ販路を広げようとすることが多いですが、それをしなかったのはなぜでしょう。

塚越 販売量は増えるでしょうが、競争が激しく価格の低下などを招くと考えたからです。

若松 先見の明ですね。適正利益を確保する上で、価格決定権を持つことは非常に重要です。売れるからといってつくり過ぎない、売り過ぎない姿勢を貫かれた。なかなかできる決断ではありません。100年、200年と続いている老舗企業ほど、こうした経営スタイルを貫かれる企業が多いようです。

遠きをはかる戦略で年輪経営を目指す

若松 年輪経営によって売上高は191億800万円(2016年12月期)、自己資本比率は8割に達しています。盤石な経営基盤を築かれましたが、今後の展開についてはどのようにお考えですか。

塚越 消費者向けはオンラインショップがメインですが、今は自社店舗での販売にも力を入れています。当社は伊那市の本社に加えて全国8カ所に支店・営業所があり、全てに店舗を併設。さらに、2014年に安曇野や軽井沢に「かんてんぱぱショップ」を出店しました。ネット販売は好調ですが、1分野だけに頼るのは良くないと思っています。

若松 食品メーカーの中でも、店舗販売とネット販売をつなげた戦略を採っている企業は伸びています。店舗で買ったことのある商品や、店舗で確認した商品をオンラインショップで購入するなど、実店舗とネットを行き来する消費行動が最近の特徴です。実店舗は、商品を実際に見たり試したりと、体験できるところにも魅力があります。

塚越 体験に対するニーズは高まっていると感じています。当社では勤続10年目の社員に10万円のご褒美を渡しているのですが、多くの社員は、そのお金を旅行に使っているようです。「モノは欲しくないけど、旅行はしたい」。ここに次のヒントが隠れているような気がします。企業経営にとどまらず、日本経済、地域経済がもっと「コトの価値」に投資すれば、世の中は良くなると思います。

若松 同感です。私も、時代の変化を強く感じています。「モノ余りでコト不足の時代」であり、求められる価値が大きく変化しています。

塚越 現在の事業の延長線上で戦略を立てていては、時代を見誤るかもしれません。もっと大きな視点で事業戦略を立てる必要があります。二宮尊徳翁の言葉に「遠きをはかる者は富み、近くをはかるものは貧す」がありますが、まさにその通り。時代は変化するものですから、それを読んで手を打つことが肝要です。

若松 好調なうちに次の手を打っておくことが大事です。伊那食品工業は「いい会社をつくりましょう」という社是を掲げていらっしゃいます。塚越会長の経営哲学が社員にも浸透しており、事業展開とも一致していることが堅実な成長に表れています。

塚越 当社は一般的な経営論から外れているかもしれません。しかし、社員を大事にして、利益や成長を目標に掲げなくても経営できると証明したかった。これは私の野心でもあります。今後も、「いい会社だね」と言っていただける会社をつくっていきたい。だから社是の「つくりましょう」は進行形。いい会社の探求に終わりはありません。

若松 私を含め、全国の多くのリーダーに塚越会長のメッセージを参考にしていただけると思います。塚越会長の経営哲学を社員の皆さんが引き継がれ、ますますいい会社をつくっていかれることと確信しております。本日はありがとうございました。

伊那食品工業 取締役会長 塚越 寛(つかこし ひろし)氏
1937年、長野県駒ケ根市生まれ。病気により伊那北高校中退後、伊那食品工業株式会社入社、1983年同社社長就任。倒産寸前だった伊那食品工業を大きく成長させた。2005年同社会長就任。トヨタ自動車の豊田章男社長を始め、あらゆる業界のトップが経営のアドバイスを求める。主な著書に『いい会社をつくりましょう』(文屋)、『リストラなしの「年輪経営」』(光文社)など。 主な受賞歴に、科学技術庁長官賞(科学技術振興功績者表彰)、農林水産大臣賞(リサイクル推進協議会)、黄綬褒章、最優秀経営者賞(日刊工業新聞社)、旭日小綬章など。
タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ・たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院 (経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。

PROFILE

  • 伊那食品工業㈱
  • 所在地 :〒399-4498 長野県伊那市西春近5074
  • TEL : 0265-78-1121
  • 設立 : 1958年
  • 資本金 : 9680万円
  • 売上高 : 191億800万円(2016年12月期)
  • 従業員数 : 445名(2017年2月現在)
  • http://www.kantenpp.co.jp/