vol.7 創業140周年。最良のユニフォームメーカーを志すファーストコールカンパニー
トンボ 近藤 知之氏 × タナベ経営 若松 孝彦

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2016年5月号

 

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タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(左)、トンボ 代表取締役社長 近藤 知之氏(右)。トンボの本社応接室にて

 

140年の歴史を有し、学生服ブランドのトップポジションを確立しているトンボ。時代とマーケットの激変を乗り越え、常に未来を見据えてニッチ業界を生き抜いてきた「変化の経営」について、代表取締役社長の近藤知之氏に聞いた。

 

 

足袋から学生服へ時代の変化にいち早く着眼

 

若松 2016年5月に創業140周年を迎えられますことを、心よりお喜び申し上げます。トンボは「非同族、未上場で140年の歴史を持つ中堅企業」であり、独自性の高い経営モデルをお持ちです。あらためて創業時のお話を伺えますか。

 

近藤 トンボの発祥の地である岡山県の児島・玉野地区は、もともと児島湾の干拓事業でできた土地です。塩害が強いので綿業が発達しました。その中で当時、日本は和装文化だったので、足袋の製造販売を1876年にスタートしました。

 

若松 祖業は足袋だったのですね。私はコンサルティング経験から、「祖業だけを続けている100年企業の比率は20%」と分析しています。現在の主力製品である学生服を手掛け始めたきっかけは何ですか。

 

近藤 1923年の関東大震災発生後、現地は衣料品不足で困っているだろうと、初代社長の三宅保正が足袋を売りにはるばる東京へ行きました。売れるには売れたものの、程なくして欧米から次々と届いた救援物資のほとんどが洋服。その様子を目の当たりにした初代は、「日本の和装文化はもう終わりだ」と強く感じたそうです。これからは洋服を主力にしなければならないと考えた末、たどり着いたのが学生服でした。当時の国情として、軍服をもとにした制服が大学などに広がりつつあったことも一因だったようです。

 

若松 初代社長は、「和装の一部だけでは市場がなくなり、会社もなくなる」と直感で時代を認識されたのだと拝察します。変化への着眼が的確だったのですね。日本の学生服は、他国と比べてどのような違いがあるのでしょうか。

 

近藤 学生服の先進国は英国なのですが、名門校と一般校で価格や品質、販売チャネルに大きな差があります。一方、日本は公立・私立を問わず同等の品質・価格の学生服が当たり前で、しかも素材や縫製が高品質、デザインが良いものでなければ受け入れられません。そんなマーケットになっているのは、世界中を見渡しても日本だけです。

 

若松 学生服というのは、お国柄や文化を色濃く表すものなのですね。

 

近藤 その通りです。ですから当社は、少子化が進んで市場規模が縮小傾向にあるとはいえ、100年以上続く学生服文化を次世代へ確実に継承していくことが最大の使命だと考えています。

 

若松 2015年、トンボは英国と学生服文化を相互に高め合う大きなイベントを開催されました。どのような内容だったのですか。

 

近藤 5月10日から1年にわたる創業140周年記念事業「トンボ140thアニバーサリーマーチャンダイジングプロジェクト」の一環として、英国王室にタータンを提供しているスコットランドの名門企業・ロキャロン社とコラボレーションしたオリジナルのコーポレートタータンを、東京・千代田区の駐日英国大使館にて発表しました。ロキャロン社と当社は1997年から提携しており、現在では国内の小中高校を合わせて100校近く、約3万人の生徒さんにタータン柄の制服を着用いただいています。今後一層の普及を図る上で、とても有意義なイベントでした。

 

 

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