vol.16 創業300年。
近江商人の魂を今に引き継ぎ、
「人格」と「変化」で飛躍し続ける歴史企業
小泉 植本 勇氏 × タナベ経営 若松 孝彦

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2017年4月号

 

人の育成と独自の価値創造で組織・事業が大きく成長

 

若松 ともにグループの中核を成す小泉産業や小泉成器は、どのようにして生まれたのでしょうか。アパレルを主体にする小泉とは全く事業分野が異なります。

 

植本 戦時中の1943(昭和18)年に、軍需産業を営むために設立した五光精機工業が両社の前身です。軍需産業なら男性社員が徴兵されなかったというのが設立の大きな理由。2年後に戦争が終わると人々の生活用品が圧倒的に足りない状況になり、電熱器に目を付けて売り出したのが最初のビジネスです。ものづくり自体は当時の他社メーカーにお願いしまして、従業員が近江商人魂を発揮しながら全国の電気店を回りました。そうするうちに本当の市場ニーズは何かが分かり、電気スタンドを扱い始めたことが照明事業に発展していったのです。

 

若松 時代の変化、顧客価値の変化の中で求められるものを探した結果、家電分野へ進出されたのですね。

 

植本 昭和30年代に入って、一般家庭の電化が一気に進んだこともあります。電気式アイロンやヘアドライヤーなど、売れそうな製品を見つけては販売に注力してヒット商品に育てました。その後、調理用のガス器具を組み込んだテーブルに着眼し、家具分野にも参入。そこから照明付きの学習机というふうに、さらに取扱商品が広がったのです。現在、照明と家具分野は小泉産業が、ヘアドライヤーほかの家電雑貨分野は小泉成器が事業を継承しています。

 

若松 当時、関西では松下電器産業や三洋電機(ともに現パナソニック)、シャープといった大手家電メーカーが躍進する中で、ニッチな専門領域で大きな事業拡大に成功されました。

 

植本 当社は創業以来、基本的に問屋商売ですから、販売力は強みになっていました。当時急成長のさなかにあった家電専門量販店にもどんどん売りに行って業績が伸び、いつしか売り上げは繊維事業を上回るほどになりました。

 

若松 「販売なくして経営なし」の経営原則ですね。今ではその方法や手法を変えていく必要はありますが、原則は変わりません。強い販売力の秘密は何だったのでしょう。

 

植本 1つは、連綿と受け継がれる「人でモノを売る」信念だと思います。今日の小泉、小泉産業、小泉成器3社共有の社是に「人格の育成向上」と定めているように、商人としての正しい礼儀や判断力、倫理観を備えた社員の行動が確かな成果を生んだことは明白です。もう1 つは、商品に自社だけの特徴を備えたこと。商品をただ右から左へ販売するならブローカーと同じです。当社は呉服店の時代から扱う商品一つ一つに、オリジナルの付加価値を加える考え方を商いの軸にしています。社内ではこれを「ぶれない軸」と呼んでいます。テーブルにコンロを付けたり、学習机に照明を付けたりしたのはその好例です。

 

若松 ここも優秀な歴史企業に共通している点ですね。下請けでなくオリジナルブランドや商品・サービスを開発し、自前の販売力で顧客へそれらを供給できるビジネスモデルを構築していることです。さらには、社員の皆さんが、ある意味、経営者視点で自立心や自主性を発揮してビジネスに臨んだことも良かったのでしょうね。

 

植本 その通りだと思います。その点を育む社員教育については、戦後から30 年間にわたり小泉産業を率いた立澤四郎の力が大きいですね。社是の「人格の育成向上」を明文化したのも立澤ですし、1000ページを超える手書きの教育資料を作ったり、頻繁に社内勉強会を開いたりして、人づくりの大切さを会社の隅々にまで浸透させました。その思想は独特で、特に印象深いのは「事業計画とは何だ?」という社員への質問。社員が「売り上げの目標数字を決めて、達成方法を考えることです」と答えると、「それは違う。計画とは決心してやり遂げることだ」と言ったそうです。私も含め、立澤の訓示が後進経営者のよりどころとなり、現在の小泉グループの成長を支えていることは間違いありません。

 

若松 「経営とは意志であり、決心」というのは創業者の精神そのものです。結果、全員がビジネスをどう捉えるかに重きを置いている点も、今日の小泉グループの強みの根幹なのですね。

 

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今では一般的になったが、学習机に照明を付けるアイデアは同社の発想により生まれた

 

 

 

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