100年企業に学ぶハナマルキの成長戦略
Vol.28 ハナマルキ × タナベ経営

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2018年1月号

 

100年企業に学ぶハナマルキの成長戦略

 

2018年に創業100周年を迎えるハナマルキ。
原材料にこだわりながらみそ造りを続ける同社は近年、オリジナリティーの高い商品開発に注力し、新たなマーケットでも存在感を強めている。
こうした新分野への挑戦を可能にするのが、変化へ柔軟に対応できる同社の組織体制である。

 

『液体塩こうじ』は2012 年の発売以来着々と販売を伸ばし、4年間で売り上げが2.5 倍へ伸長(左)。海外展開も進めている(右)

『液体塩こうじ』は2012 年の発売以来着々と販売を伸ばし、4年間で売り上げが2.5 倍へ伸長(左)。海外展開も進めている(右)

 

2018年に創業100周年みそ一筋で会社を拡大

 

長尾 ハナマルキは2018年11月に創業100周年を迎えられます。日本には創業100年以上の企業が3万4394社※1ありますが、そのうち、年商5億円以上の企業は約3割にすぎません。そう考えると、100年を超えて企業が成長し続けることがいかに困難な道であるかが分かります。まずは、創業の経緯についてお聞かせください。

 

花岡 本社がある長野県は、かつて製糸業が盛んな地域でした。創業者である祖父・花岡金春は蚕の種(卵)を培養して近隣の農家に販売していましたが、実弟2人が富岡製糸場の経営母体であった会社へ入社し、1人は婿養子に入った関係から、製糸工場で働く女性従業員の食事に使うみそやしょうゆの醸造・販売を開始しました。

 

当時は20万人もの女性従業員がこの地域をはじめとして全国の製糸業に従事していましたから、製糸工場向けの取引だけで十分に事業が成り立ちました。創業からの決算書が今も残っていますが、創業3年目には黒字化しており、その後は売上高利益率が30~40%に達していました。

 

長尾 約100年も前の決算書が残っているとはすごいですね。創業5年目には東京に事務所を構えています。本格的な販路拡大を見据えた積極展開だったのでしょうか?

 

花岡 そうではありません。1923年の関東大震災で東京のみそ店が大きな被害を受けたために、東京のみその味に近い長野のメーカーに要請があったようです。

 

長尾 戦後は、みそメーカーとして関東、関西へと販路を広げてこられました。企業理念に「素材とモノ作りを大切にしていく」とあるように、原材料や品質に対する強いこだわりが感じられます。

 

花岡 企業理念は1983年のCI(コーポレート・アイデンティティー)導入の際、2代目社長だった父(花岡金郎氏)が作成しました。みその原料は大豆と塩と米ですが、父は大豆へのこだわりを特に強く持っていました。例えば大豆には1万以上の品種がありますが、それぞれ性質が異なるため数種類の大豆を一緒に使用すると品質にばらつきが出てしまいます。

 

そこで、父は商社の協力を得て米国やカナダの農場へ出向き、契約栽培をスタート。大豆の種を同一品種にそろえ、栽培条件も指定し、みその品質を均一に保っています。徐々に栽培面積を広げ、現在は約5000万坪で大豆を生産しており、使用する大豆全体の8割以上を賄っています。

 

長尾 直接農場へ行き、原料の選別から徹底することで、安定した品質につなげる。そのこだわりが、長年にわたってハナマルキ製品を購入し続けるロイヤルカスタマーを生み出しています。

 

※1 東京商工リサーチ「2018年(平成30年)に周年記念を迎える企業」(2017年11月27日)

ハナマルキ代表取締役社長花岡俊夫氏 1951年生まれ。74年ハナマルキ味噌(現ハナマルキ)入社。84年常務取締役、87年専務取締役、88年代表取締役社長。1990年長野県味噌工業協同組合連合会理事、93年同常務理事、96年同副理事長、2013年同理事顧問。また、90年全国味噌工業協同組合連合会理事、2007年同副会長、12年同評議員。

ハナマルキ 代表取締役社長 花岡 俊夫 氏
1951年生まれ。74年ハナマルキ味噌(現ハナマルキ)入社。84年常務取締役、87年専務取締役、88年代表取締役社長。1990年長野県味噌工業協同組合連合会理事、93年同常務理事、96年同副理事長、2013年同理事顧問。また、90年全国味噌工業協同組合連合会理事、2007年同副会長、12年同評議員。

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