100年企業に学ぶハナマルキの成長戦略
Vol.28 ハナマルキ × タナベ経営

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2018年1月号

 

社外の人材を起用し変化に対応する組織を構築

 

長尾 社長に就任されたのは1988年で、37歳の時だったとお聞きしました。100年、200年続くような老舗の多いみそ業界では随分と若い経営者だったと思いますが、事業承継のきっかけをお聞かせください。

 

花岡 父が68歳だった時、「あと2年で社長を譲る」と告げられました。父は38歳で会社を継ぎましたが、大学時代に結核を患って生死の境をさまようなど、もともと体の丈夫な方ではありませんでした。「30年経営したから、もうそろそろいいだろう」という気持ちもあったのでしょう。70歳で社長を退いて会長になった後は、取締役会など重要な会議以外で会社に来ることはありませんでした。

 

長尾 就任して間もなくバブルが崩壊しますから、大変厳しい環境からの船出だったことが想像されます。どのような手を打ってこられたのでしょうか?

 

花岡 社長に就任した時、まずは組織内を総点検しました。営業や工場、研究開発などの現場にどんな人材がいるのか自分の目で確認して回ったところ、どうしても人材が5人足りないことが判明しました。しかし、人はすぐに育つものではありませんから、外部から5人の人材を招き入れる決断をしました。

 

長尾 組織の分析力と決断力に驚かされます。会社を変えるタイミングは、不景気の時、赤字の時、事業承継時の3つ。これを逃すとなかなか変わりません。とはいうものの、就任したばかりの若い社長が外部人材を採用することに反対する声もあったのではないでしょうか?

 

花岡 反発はあったと思いますが、そんなことを気にしている場合ではありませんでした。ずっと同じ環境にいる仲間だけが集まるとどうしても発想が偏ってしまいますから、組織を活性化させるために外の風を入れることは必要不可欠です。その後も必要に応じて外部の人材を採用し、組織の修正・補強を重ねてきました。

 

長尾 「流水は腐らず」という中国のことわざがあるように、常に変化している会社は腐りませんが、よどんでくると濁ってしまう。新しい風を吹き込まないとブランドや組織も陳腐化します。100年企業を目指すことは、よどみへの挑戦ともいえます。

 

花岡 野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)らの著書『失敗の本質』(中央公論新社)にもありますが、日本の組織は情緒的に動く特徴があり、場の空気に流されがちです。だからこそ外部の人材を起用して変化を起こし、変化に対応することが、組織づくりのポイントだと思います。こうした考えは、私自身の危機感の強い性格とも関係しているでしょう。常に「これでいいのか?」と自問しています。

 

ハナマルキ 常務執行役員 マーケティング部長 兼 広報宣伝室長 平田 伸行氏 1990年リクルート入社。人材採用広報の制作ディレクターを経て、新組織の立ち上げや自社の宣伝を担う。2010年、アパレル企業のクロスカンパニー(現ストライプインターナショナル)に移り、宣伝広報部門の立ち上げを担った後、執行役員社長室長に就任。人事・システム・CS窓口など、急成長期にあった同社組織体制の見直し・強化を行う。2013年6月よりハナマルキに参画。

ハナマルキ 常務執行役員 マーケティング部長 兼 広報宣伝室長 平田 伸行氏
1990年リクルート入社。人材採用広報の制作ディレクターを経て、新組織の立ち上げや自社の宣伝を担う。2010年、アパレル企業のクロスカンパニー(現ストライプインターナショナル)に移り、宣伝広報部門の立ち上げを担った後、執行役員社長室長に就任。人事・システム・CS窓口など、急成長期にあった同社組織体制の見直し・強化を行う。2013年6月よりハナマルキに参画。

 

 

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