人と地域社会をつなぐ“街づくり企業”として躍進
Vol.30 大鏡建設 × タナベ経営

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2018年3月号

他社が高齢化に悩む中、同社は20 代、30 代の社員が活躍(上) 大鏡建設の設計・施工物件(事務所兼共同住宅、右)

他社が高齢化に悩む中、同社は20代、30代の社員が活躍(上)
大鏡建設の設計・施工物件(事務所兼共同住宅、下)

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沖縄県那覇市に本社を置き、賃貸マンション・アパートや商業施設などの設計・施工、不動産管理を手掛ける大鏡建設。
同社は現在、業界の常識を覆す9連休制度の導入、企業内大学「Daikyo Academy」の開校など、「社員の成長が会社の成長に直結する」との信念で、“人づくり”に取り組んでいる。

 

大鏡建設 代表取締役社長 平良 修一氏 1975 年生まれ、沖縄県那覇市出身。日本大学理工学部建築学科卒業後、2000 年大 鏡建設入社。2012 年代表取締役。2012 年那覇青年会議所理事長。日本賃貸住宅管 理協会沖縄支部幹事、那覇法人会青年部会長、沖縄県建設業協会監事。

大鏡建設 代表取締役社長 平良 修一氏
1975年生まれ、沖縄県那覇市出身。日本大学理工学部建築学科卒業後、2000年大鏡建設入社。2012年代表取締役。2012年那覇青年会議所理事長。日本賃貸住宅管理協会沖縄支部幹事、那覇法人会青年部会長、沖縄県建設業協会監事。

 

 

公共工事から撤退し民間工事に絞って業績向上

 

比嘉 まず、大鏡建設の概要についてお聞かせください。

 

平良 1975年に父の平良武雄が設立しました。沖縄県庁や泊ふ頭旅客ターミナルビル「とまりん」などの公共工事に参画して実績を重ね、着実に成長を遂げてきました。しかし、公共工事に依存することに危機感を募らせた父は、沖縄県で起きた大規模な談合事件を機に、2005年に公共工事からの撤退を決意。民間の土地活用への全面転換を図り、現在は賃貸の集合住宅(アパート、マンション)や商業施設、介護・医療施設などの設計・施工、それに関連した不動産管理をメインに事業展開しています。

 

比嘉 社長が事業を承継されたのはいつですか?

 

平良 2000年に入社し、2012年に社長へ就任。父は会長になりました。入社当時の売上高は12億〜13億円で、15億円の壁がなかなか越えられませんでした。公共工事と民間工事の両方を手掛け、公共事業から住宅、アパート、リフォームに至るまで、何でもやっていた時期です。「このままではまずい」と思ったものの、将来のビジョンが描けず、対処法も分かりませんでした。

 

比嘉 そのような状況から脱却できた要因は何ですか?

 

平良 一番の要因は、公共工事から撤退して民間工事に絞り込んだことだと思います。これによって業績が着実に伸び、悲願だった“売上高15億円の壁”を突破することができました。

 

比嘉 不動産事業を立ち上げたのはいつですか?

 

平良 2004年です。2015年には不動産総合ショップを展開する「ピタットハウス」に加入し、2店舗を運営しています。

 

 

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