Vol.8 建設ソリューション編
ヤマウラ × タナベ経営

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2016年5月号

 

お客さま第一主義を貫く100年企業

技術力とマトリクス経営で事業拡大

 

ヤマウラの施工例。左から、ヤマウラ エンジニアリング事業部駒ヶ根工場(長野県駒ヶ根市)、東横イン 佐久平駅浅間口(長野県佐久市)、米澤酒造(長野県上伊那郡)

 

長野県駒ヶ根市に本社を置くヤマウラは、東証一部上場の総合建設企業。創業以来受け継がれるモノづくりDNA と独自のマトリクス経営で、建設業の枠を越えた進化を遂げている。

 

 

時代の流れを読む先見性で成長

 

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ヤマウラ 代表取締役社長 山浦 速夫 氏
後発参入した建設事業において、現場に入り込んで自らが指揮し、どんな困難な工事も知恵と工夫でやり抜いてヤマウラを大きく飛躍させる。先進技術を次々と取り入れ、数値による経営改革を推進。強い技術者集団づくりを目指して資格取得を強力に推進し、技術に裏打ちされた最高の品質を提供することにより、今日の信用を築く。駒ヶ根商工会議所会頭。

仲宗根 タナベ経営主宰の「建設ソリューション研究会」にご協力いただきありがとうございます。ヤマウラは、総合建設業として公共の建築・土木、民間企業の社屋・工場、住宅、賃貸マンションなどの建築、土地活用の提案を行い、またエンジニアリング事業として水管理施設や産業機械、通信・制御装置の企画・設計・施工を行うというように、幅広く事業を展開されています。2016年で創業96周年を迎えられますが、その歴史はどのように始まったのですか?

 

山浦(速) 父の山浦清一が、長野県・岡谷の親戚の金物店に奉公した後、1920(大正9)年に駒ヶ根で山浦鉄工所を創業しました。当時としては近代的な鉄工所で、外国製の最新の工作機器を導入していました。当時、日本最大の輸出品は生糸。岡谷は日本一の製糸工業地帯だったことから、周辺の駒ヶ根も製糸産業が盛んでした。父は煮繭機(しゃけんき)やボイラー、乾燥機といった製糸機械に目を付け、製造や据え付けを手掛けていました。評判は広がり、近隣の山梨県や愛知県、和歌山県へも機械を納品していたと聞いています。

 

仲宗根 主要産業の波に乗り、事業を拡大したわけですね。

 

山浦(速) 製糸業以外にも、天竜川電力(現中部電力)が天竜川水系で初の発電事業として建設した水力発電所の下請けとして、操作橋の架設などにも従事しました。当時(1925年)から90年以上たった今も、操作橋は現役で使われています。

 

仲宗根 機械中心に土木へも事業を広げられました。

 

山浦(速) しかし、時代とともに必要とされるモノは変わります。終戦後は食品の包装やマッチの代用品として需要の高かった経木(きょうぎ)を削り出す丸剝機(まるはき)を製造、次いで製材業向けに高速度鋼(ハイス鋼)を刃先に付けた木工用刃物を開発しました。この製品は、切れ味や耐久性に優れていたことで売れ行きは好調でした。

 

仲宗根 人々が必要とする製品開発に注力されたのですね。

 

山浦(速) 社会に不足しているものを、使う人の視点で開発したことで評判を集めました。例えば、1950年に開発した井戸水をくみ上げる自動給水ポンプは、通常はモーターで駆動しますが、ピンを差し替えると手動で使える画期的な製品。当時は停電が多く重宝されました。しかし、ハイス付き木工用刃物や給水ポンプが県を越えて売れるようになると、大手企業が類似製品を大量生産し始めました。そうなると資本力の差があり太刀打ちできません。

 

タナベ経営 取締役 仲宗根 政則
タナベ経営 取締役 仲宗根 政則
1990年タナベ経営入社。2014年取締役就任。中小企業から上場企業まで数百社のコンサルティング・教育実績を持つ。特に事業戦略、収益構造改革、組織・経営システム革新に関するコンサルティングや次世代幹部人材育成で実績多数。著書に『未来志向型経営』(ダイヤモンド社)。

仲宗根 競争に巻き込まれると消耗戦に陥ります。どのような手を打たれたのですか?

 

山浦(速) 1950年代半ばから建築に軽量形鋼が使われ始めたのを機に、新たに軽量鉄骨を使った建築事業にも取り組みました。軽量鉄骨建築物のメリットは、従来の木造建築物と比べて柱が少なく広いスペースを確保できること。培ってきた機械製造や金属加工の技術を生かし、軽量鉄骨の養蚕ハウスを開発したところ、ヒット商品になりました。現在のプレハブのような組み立て式の小型建築物で、農家が組み立てることを考慮してネジなどの部品を多めに付属するなど工夫を凝らしました。当時、家の中で蚕を飼っている農家は、蚕の生育に合わせた住環境に悩まされていたので、各地の農協から注文が殺到。ここから事業が大きく広がりました。

 

仲宗根 建設業への本格的な参入を果たされたわけです。

 

山浦(速) 鉄骨建築のノウハウを生かし、伊那地方の有力企業の工場を数多く手掛けました。また、資金力の乏しい地元の中小企業には、工場建設のための融資制度の提案や工場用地の紹介からサポートするなど、お客さま第一で取り組みました。事業性も含めてお客さまが幸せになるお手伝いをする―。この姿勢を今でも大切にしています。

 

 

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