Vol.13 四国銀行 × タナベ経営

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2016年10月号

 

地域に貢献し、共に成長を目指す

真っ先に相談され、地域の発展に貢献するベスト リライアブル・バンクへ

 

四国銀行本店(左)
「よさこい祭り」に行員も参加。地域との交流を深めている(右)

 

高知県を中心に四国・瀬戸内の地域金融を担う四国銀行。
地域経済の発展と成長に貢献し、共に歩むというビジョンを明確化した経営計画を掲げ、地方創生のけん引役を担っている。
そのバックボーンには、謙虚さと誠実さに支えられた「人財」戦略があった。

 

 

 

不正を戒める血判状の精神を受け継ぐ

 

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四国銀行 取締役頭取
山元 文明 氏

1954年生まれ。78年に神戸商科大学(現兵庫県立大学)商経学部卒業後、四国銀行入行。経営企画やリスク管理など、銀行本部の中枢的な役割を経て2016年より現職。

三浦 まずは、四国銀行の歴史と概要からお聞かせください。

 

山元 1878(明治11)年10月に第三十七国立銀行として創業し、数多くの合併を経て1923(大正12)年に現在の商号である「四国銀行」となりました。戦前・戦後の混乱期や高度経済成長期、バブル崩壊、リーマン・ショックなど経済の荒波も経験しましたが、健全経営と地域社会への貢献を常に意識し、経営してまいりました。

 

経営理念として、次の3つの柱を掲げています。まず企業使命は「地域の金融ニーズに応え、社会の発展に貢献します」。次に経営方針は「企業倫理に徹し、健全な経営を行います」。行動規範は「お客さまを大切にし、社会的責任を持った行動をします」というものです。

 

この理念は、創業当時の「誓約書」に書かれている精神を受け継いでいます。

 

三浦 血判の押された誓約書ですね。それにはどのような背景があるのでしょうか。

 

山元 「取引に不正があれば私財で弁償し、切腹をする」と書かれており、お札の厳正な取り扱いを誓ったものです。1886(明治19)年に作成され、当時の頭取と従業員23名が血判を押しました。

 

これを書くに至った経緯は、記録がないため分かりません。しかし、この誓約書の精神は、当行の目標とする「信頼される銀行・健全な銀行・活気ある銀行」に近づくための経営理念の原点になっています。

 

三浦 このような誓約書は、大変珍しいですね。

 

山元 当行にも話として伝わっているだけでしたが、九州のある方の家から現物が出てきたのです。それを譲っていただきました。現在はレプリカを各支店に掲げて、コンプライアンス教育に活用しています。

 

創業時から受け継がれる血判の押された誓約書

創業時から受け継がれる血判の押された誓約書

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