Vol.18 シティーヒル × タナベ経営

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2017年3月号

 

「感動ショップ」で多くのファンを獲得

目指すは「シティーヒル型SPA」

 

「ルミネエスト新宿」内の店舗『MAJESTIC LEGON A la mode』。 気軽で高品質な女性向けカジュアルスタイリングを提案している

 

レディースカジュアルウエアの旗艦ブランド『マジェスティックレゴン』を中心に、若い世代の女性から支持を集めるシティーヒル。
同社はSPA(製造小売業)のビジネスモデルで、国内だけでなく海外、EC(電子商取引)へと多角的に展開。2017年3月より、新中期経営計画の下で事業をさらに加速化させる構えだ。

 

 

「自分で決めて自分の意志で行動する」

 

「企画から販売まで一貫したSPAモデルによって、直営、EC、FC、海外など複数チャネルで展開しているのが、シティーヒルの強みだと考えています」

 

シティーヒルの支援本部長である八木下芳郎常務は、自社の強みについてそう話す。

 

同社は『マジェスティックレゴン』『アメリエル』『ルクールブラン』『ペルルペッシュ』など、レディースヤングカジュアルブランドを展開する有力アパレル。店舗数(2017年1月末現在)は国内が134店舗、FCが32店舗、海外は中国・香港・マカオ、台湾などで63店舗を運営している。

 

同社の設立は1988年。社会現象になった「DCブランド」ブームが終息した頃のことだ。代表取締役社長の中田勉氏が、ニット製品の卸売業として大阪・南船場(中央区)で立ち上げた。同氏は当時、29歳という若さだった。繊維関係の卸売業を営む父親の背中を見て育った同氏は、商売とファッションに興味を持ち、繊維関連の会社に就職。そして「守りに入る30代になる前に」独立を決めたという。

 

「自分で決めて、自分の意志で行動する。それを貫かないといけない」。中田社長が当時抱いた信念は、現在の同社の経営理念につながっており、若いスタッフたちの指針にもなっている。

 

同社が大きな転機を迎えたのは、1995年。大阪市中央区(旧プランタンなんば)に初の直営店となる『マジェスティックレゴン(MJ)』1号店をオープンし、卸売業からSPA(製造小売業)へと業態を変えた。「商売で主導権を握るには、卸売業ではなく自ら企画・製造し、自らのショップで販売しなければいけない」という決断からであった。

 

「平成ブランド」ブームの後押しもあり、MJは大ヒット。だが、「ワンブランドでは客層に偏りが出る」と考えた中田社長は、幅広い年齢層を意識し、1996年に『ルクールブラン』、1997年には『ペルルペッシュ』と、新ブランドを相次いで立ち上げた。

 

その後、同社は国内の直営店を軸に店舗開発や商品開発を進めた。しかし、時代の流れや顧客ニーズの多様化・専門化により、幅広い販売チャネルの強化・拡大が必要との考えを持つに至り、海外、EC、FCとチャネルを多角化していくことになる。

 

中田社長(左から3番目)を囲んでのミーティング

中田社長(左から3番目)を囲んでのミーティング

 

 

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