Vol.25 親族外承継で持続的発展を目指す
社員一人一人の「幸せ」を追求
三陽建設 × タナベ経営

1 / 4ページ

2_teamconsul
2017年10月号

 

親族外承継で持続的発展を目指す

社員一人一人の「幸せ」を追求

 

20代、30代の若手社員が活躍する三陽建設。 社内はフリーアドレスで、自由に席を選べる

20代、30代の若手社員が活躍する三陽建設。
社内はフリーアドレスで、自由に席を選べる

 

古くから医薬品の生産地として知られる、滋賀県甲賀市に本社を構える三陽建設。地域に根差して発展を続ける同社は、親族外への事業承継を堅持しており、5代目へのバトンタッチが間近に迫っている。現在と未来の経営者TALKに、「みんなで幸せになる会社」へ向けた取り組みを聞いた。

 

会社は「人が全て」全社員に理念浸透

 

北東 三陽建設は設立60年を超える総合建設会社です。大きな特徴として、経営権の親族外承継を続けてきたことが挙げられます。まずは会社の概要をお聞かせください。

 

大石 1920年、宮大工の棟梁だった船田粂一が建築請負業を開いたのが事業の始まりです。そこに瓦業者と運送業者が加わって49年に有限会社船田工務店、54年には三陽建設株式会社となり、事業拡大に努めてきました。有志が集まって法人化した経緯もあり、同族経営の意識が当初から薄かったことが、親族以外への事業承継を続ける大きな流れにつながっています。私は4代目の経営者で、私から経営のバトンを受け取るのが専務取締役の阪本です。

 

北東 三陽建設の強みは何だとお考えですか。

 

大石 真面目に一生懸命にやる。最たる強みはこれに尽きます。それに加え、製薬会社から医薬品工場建設の仕事を数多く受注することで、豊富なノウハウを蓄積していることも挙げられます。滋賀県は、昔から富山県や奈良県と並ぶ配置薬(置き薬)の産地で、本社のある甲賀市は現在も医薬品工場の密集地帯。製薬会社を得意先にすることで、地場ゼネコンとして成長することができました。

 

北東 社是や経営理念はいつごろ策定されたのでしょうか?

 

大石 前任の3代目社長が20年ほど前に定めたものです。また、クレドと行動指針は3年前に私が作成しました。というのも、ザ・リッツ・カールトンでは企業の信条をまとめたクレドを従業員が携帯して、世界トップレベルのサービスを実現していると聞き、同ホテルに宿泊。そこで頼み込んでクレドを見せてもらい、タナベ経営に「こんなものを作りたい」と相談したのが、発端になりました。

 

北東 建設業界では先駆的な取り組みですね。

 

大石 当社には際立った先進技術はありませんが、ここまでやってこられたのは、お客さまに魅力を感じさせる社員がいたおかげ。当社の事業は人が全てであり、人をつくらないと成り立ちません。そのため、会社の進むべき道を決める基本的な考え方を、全社員に浸透させたい思いがありました。

 

北東 現在、取り組まれている課題を教えてください。

 

大石 設立60周年を迎えて今後の展開を考えた際、企業規模を追い求めるよりも、「みんなで幸せになる」基盤を持つ会社にしたい、と思いました。その実現に必要なのは、会社の安定性と永続性。つまり、この先もずっとお客さまから必要とされる会社になることで、社員一人一人の幸せを追求していくことが、社長としての大きな課題です。

 

1950年石川県輪島市生まれ。1992年三陽建設常務取締役、1998年専務取締役を経て、2000年に代表取締役就任。2014年から公益社団法人水口納税協会常任理事甲賀支部長、水口納税貯蓄組合連合会理事役員、滋賀県信用組合総代。

三陽建設 代表取締役
大石 彰 氏
1950年石川県輪島市生まれ。1992年三陽建設常務取締役、1998年専務取締役を経て、2000年に代表取締役就任。2014年から公益社団法人水口納税協会常任理事甲賀支部長、水口納税貯蓄組合連合会理事役員、滋賀県信用組合総代。

 

三陽建設 専務取締役 阪本 仁彦氏 1969年三重県伊賀市生まれ。2005年三陽建設本社建築部課長、2009年本社営業部課長を経て、2012年専務取締役に就任。NPO法人甲賀ユートピアネットワーク副理事長。

三陽建設 専務取締役

阪本 仁彦氏

1969年三重県伊賀市生まれ。2005年三陽建設本社建築部課長、2009年本社営業部課長を経て、2012年専務取締役に就任。NPO法人甲賀ユートピアネットワーク副理事長。

 

 

1 2 3 4