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今週のひとこと

新入社員は緊張している。
親しく声をかけ、関心を示そう

☆ 集客できれば業績は上がる?!
―プロモーションと接客の良い関係づくり

BtoC分野の企業の最近の営業・販売戦略として、自社ホームページの改善や、リスティング広告などのWeb広告、チラシ作り、業界情報誌への広告掲載などのプロモーション活動を積極的に行っていると感じることが多いです。
 しかし、自社の営業メンバーの活動と連動した形のプロモーションを行っている企業は少ないのが実情です。

 筆者は以前、結婚式場のコンサルティングに従事していたことがあります。その式場は、もともとあった知名度に加えて、結婚情報誌への広告掲載や、様々なWeb広告による訴求、チラシの配布など、積極的なプロモーションで露出を増やしていました。しかし、売上は伸びるどころか、下がる一方という状況に陥っていました。
 併せて、式場の見学者に対して営業する接客スタッフの労働時間の増加も問題となっていました。なぜならば、プロモーションの効果で、会場の見学者数は増えたものの、会場のハードやサービスを高く評価するであろう顧客層だけではなく、どれだけ熱心に接客をしても見込み客とはなりにくい顧客層も来てしまったのです。その結果、接客スタッフの今まで培ってきたノウハウが通じない顧客に対応することが多くなり、成約率の低下と労働時間の増加を招いていたのです。

  この結婚式場でのコンサルティングでは、この後、会場見学後に成約しやすい顧客像を整理し、それに合わせたプロモーションを展開しました。さらに、メインターゲットに合わせた効果的な接客ができるように研修を行うことで、成約率の改善と、労働時間の減少を同時に実現し、業績も改善しました。プロモーションの最大の目的は業績を向上させることです。単に集客工程の成果だけを考えるのではなく、その後工程である受注工程との関係性を考えながら、プロモーションを実施することが重要なのです。

経営コンサルティング本部
コンサルタント
小泉 博史

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リユースビジネスのリーディングカンパニー
ハードオフコーポレーション

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家電からファッション、趣味用品、酒類まで、生活用品全般にわたってリユース事業を展開するハードオフコーポレーション。倒産の危機を乗り越え、売上高536億円(チェーン店合計)の東証1部上場企業へと成長を遂げた軌跡を、代表取締役会長兼社長の山本善政氏に伺った。

スーパーマーケットで経営のイロハを学ぶ

若松 ハードオフコーポレーションはリユース業として初めて株式上場(2000年、ジャスダック市場)を果たすなど、業界をけん引するリーディングカンパニーです。テレビやオーディオなど黒物家電のリユース業から始まり、現在は生活用品全般へ事業を拡大。店舗数はFC(フランチャイズチェーン)を含めて900店舗に迫る勢いです。創業者ならではの優れたビジネスセンスが感じられますが、もともと起業を志しておられたのでしょうか?

山本 大学を決める頃には、「いずれは起業したい」と考えていました。ですから大学は商学部を選び、卒業後は短期間で経営を学ぶために東京・板橋のスーパーマーケットに就職しました。ダイエーや西友といった規模の大きいところでは一通り仕事を覚えるのに時間がかかってしまうだろうと考え、中堅のスーパーマーケットを選んだのです。思った通り、店舗に配属されてしばらくすると責任者を任され、1年後には本部で菓子の仕入れを担当させてもらうなど、退職までの2年半の間に本当に多くの経験をさせていただきました。中でも勉強になったのは、毎週土曜日の夜に行われた自主的な勉強会です。米国のチェーンストアの経営理論や粗利益といった基礎的な数値管理について習得できました。

若松 経営する上でマネジメント理論を学ぶことは非常に重要です。製造業に導入され始めていましたが、流通業にもマネジメントの必要性が叫ばれた時期の先駆け的な学びですね。どんぶり勘定の経営か、効率を追求した経営かの選択は、個人商店で終わるか企業へ成長していくかの分かれ目にもなります。

起業して事業を拡大するも バブル崩壊で倒産危機に直面

若松 スーパーマーケットで経営を学ばれた後、すぐに起業されたのですか。

山本 はい。ちょうど新潟県新発田市にアーケード街ができたところで、そこに15坪(約50m²)の店を借りてオーディオやテレビなどを販売する「サウンド北越」を1972年に創業しました。私はまだ24歳でしたが、その頃から決めていたのは「公私混同をしない」ということ。私の父は電器店を営んでいましたが、実は小さい頃は家が商店であることが嫌でした。店番をさせられるし、家族団らんの時間はほとんどありません。そんな公私混同の悪い面を見てきましたから。

若松 創業当時から「公私混同をしない」と、自らを律した経営を心掛けていらっしゃったのは素晴らしいですね。オーディオを商材に選んだのは、家が電器店だった影響からでしょうか。

山本 少しは関係ありますが、それよりもオーディオは格好良いじゃないですか(笑)。それに小さな店で営業できることも理由でした。その後、サウンド北越は新潟県内にパソコンを扱う3店舗を含めて7店舗まで広がりました。ところが、1990年にバブル経済が崩壊。その影響で1992年の売り上げが前年比5割程度まで落ち込んだことで、資金繰りに走り回る日々が始まりました。

若松 売り上げが半減すると、銀行から新たに融資を受けることも難しくなります。

山本 例に漏れず、銀行には断られましたよ。そこで、私はお付き合いがあった菊水酒造の高澤英介社長(当時)の元に、相談という名の融資のお願いに行きました。高澤さんは最初からお見通しで、私の話を一通り聞いた後に「まず、真っ白になりなさい」とアドバイスをくださいました。要は「リセットしなさい」ということ。私の人生を変えた大事な言葉です。思い返せば、それまでは「バブルらしいことには手を出さずに真面目に働いてきたのに、なぜこんな目に遭うのか?」という気持ちがありました。しかし、真っ白になって冷静に考えると、理念なき戦いだったことに気付いたのです。もちろん、会社に理念らしきものはありましたが、取って付けたような経営理念で本物ではなかった。高澤さんの言葉によって、「会社の理念がお客さまから否定されたという現実」を直視することができたのです。

若松 「真っ白になりなさい」とは、素晴らしいアドバイスです。短い言葉ですが、非常に深い意味があって感動します。自らリセットボタンを押すことで、「あなたは本当に何がやりたいのか」「何をやるために生きているのか」という事業家、経営者にとって一番大事なことに気付かされた問いだったわけですね。

山本 その通りです。私は、真っさらな気持ちになって、「残りの人生をどのような事業に使うべきか?」「社員も含めて1日の大半を仕事に費やすならば、どのような店が良いか?」「どのような理念が良いか?」について、とことん考えました。そして、ハードオフの経営理念でもある「社会のためになるか」という結論にたどり着いた時、21世紀はエコの時代という大義と、サウンド北越でお客さまから下取りした中古品を年1回、ガレージセールとして販売すると大変好評だった光景が自然と重なりました。ハードオフのルーツとなるアイデアがひらめいた瞬間であり、資金繰りは苦しいままでしたが、不思議なことに精神的な苦しさはそこから半減していきました。

若松 資金繰りが苦しいと、自ら泥沼に入って抜け出せなくなる経営者は少なくありません。私も経営コンサルタントとして、「一度、ゼロから考えてみましょう」とアドバイスすることもあります。しかし、全ての方に響くわけではありません。謙虚に学び公私混同をしない、自分を律することができる山本社長だからこそ、リセットして考えられたのだと思います。

山本 「リセット」という言葉は、今でも社内でよく使っています。リセットボタンは自ら押さないとダメです。これも私が経験から学んだことであり、社員研修の冒頭でいつも社員に伝えています。

反対が大きい事業ほどビジネスチャンスがある

若松 現在の売上高は536億円(2018年3月期、直営・FC合計)に上り、さらに営業利益率も6.7%と高い値を維持されています。経営理念が浸透しており、ビジネスモデルも地に足が着いています。ハードオフでは、仕入れから修理、販売まで一貫して手掛けることでローコスト・ハイリターンを実現されていますが、こうしたビジネスモデルはやはり小売業の経験から導かれたのでしょうか?

山本 それまでの経験から学んだのは、「価格決定権を持たないビジネスは脆弱だ」ということ。粗利益を確保するには価格決定権は絶対に必要です。真っ白になった時、それまでと思考ががらりと変わりました。まず、ローコスト・ハイリターンを実現するため、仕入れから修理、販売まで社内で完結する仕組みを考え、社員一人で三役から五役をこなしながら事業を軌道に乗せていきました。

若松 スーパーマーケットで学んだローコストのノウハウと、オーディオ事業から得たハイリターンのアイデアを組み合わせたリユースモデルが生活用品全般に広がっています。新事業のアイデアはどのように出てきたのでしょうか。

山本 お客さまです。オーディオなどの買い取りの際、「オーディオやテレビ以外の不用品も引き取ってほしい」というニーズが寄せられたことから、衣類などを扱う「オフハウス」や玩具・趣味用品を中心とする「ホビーオフ」など6つの分野が派生しました。私にとって、ライバルは同業他社ではありません。極論すれば、競合はお客さまのウォンツとニーズ。お客さまのウォンツとニーズに従って専門特化していけばよいのです。

若松 ウォンツとニーズに従うとは、顧客が求める価値へのチャレンジと言い換えることができます。お話を伺うほど、リーディングカンパニーであり続ける理由が納得できます。ところで、酒類を扱う「リカーオフ」は、従来の事業と毛色が異なるように感じていました。どこから着想されたのか非常に興味があります。

山本 実は、私の妻からヒントを得ました。職業柄、贈り物などでお酒をいただく機会が非常に多いのですが、私はそんなにお酒を飲みません。自宅の納戸がお酒でいっぱいになっており、妻から「何とかしてほしい」と言われました。その時、同じような悩みを持つ人は多いのではないかと直感しました。早速、社内で提案しましたが、「口に入るものはリスクがある」など反対の嵐。ですが私は、反対意見を聞けば聞くほど「いける!」と確信しました。なぜなら、事業化の心配が大きいならば、他社にとっても参入するのは難しいはず。つまり、参入障壁が高いほど、チャンスが残されているのです。

若松 その通りですね。私は「役員会で全員が賛成するようなビジネスは成功しない。その時点で世の中の認知が進んでおり、すでに出遅れている可能性が高い」と言っています。奥様が感じられた現実(=最も身近な消費者の声)を、ヒントにされたところが創業者らしい嗅覚ですね。

山本 私が酒好きの"飲んべえ"だったらリカーオフは誕生していません(笑)。自宅の納戸がいっぱいになることもなかったと思います。実は、同じ経験がハードオフを始めた時にもありました。「新品のオーディオを扱う格好良い事業をしているのに、なぜ中古品事業なんかするのか」と半分の社員が辞めていきました。この時は経営者としてとても情けない思いをしましたが、この経験が「残ってくれた社員を幸せにしたい」という株式上場の動機にもなりました。

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「リユースの中継基地」として現在約900店舗を展開している

逃げないで正面突破したからこそ今があると痛感しています

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電器店の駆け込み寺としてFCと共に成長する

若松 現在は、直営店とFCを合わせると897店舗(2018年11月末時点)に上っています。直営店が約300店舗と全体の3割を占めていますが、当初からFC展開を視野に入れていたのでしょうか。

山本 いいえ。ただ、ハードオフのスタートから1年ぐらいすると業界紙に取り上げていただけるようになり、その記事を読んだ浜松のある企業が突然来社されて「FCをしたい」という申し出をされました。正直に言いますと非常に戸惑いましたが、「FCの実験台と考えてもらえればいい」とまでおっしゃっていただき、挑戦しようと決めました。FCに向けて事業をブラッシュアップする中で一皮むけて成長できたこともあり、今でもとても感謝しています。

若松 バブル崩壊や大型電器店の台頭によって小売店の淘汰が進む中、ハードオフのFCはつぶれそうな電器店の「駆け込み寺」とも呼ばれていました。山本社長はこれまで多くの経営者と社員、その家族を救ってこられましたが、フランチャイジー(加盟店)を選ぶ条件、基準はありますか?

山本 いくつかありますが、なんといってもトップがリセットボタンを押せるかどうかですね。債務超過であっても包み隠さずに話してくれる方とは一緒に頑張ってきましたし、格好つけてウソをつく方はお断りしてきました。

若松 山本社長自身が、真っ白にして出直してこられた。社長ご自身が通って来られた道ですから、数字のウソも手に取るように分かるはずです。その洞察ですね。私もコンサルタントとして300社以上の経営再建のお手伝いをしてきましたが、丸裸になる覚悟が経営者にないと立ち直ることなどできません。

山本 債務超過であっても、幸いなことに人と店は残っています。まずは、損を覚悟で在庫をたたき売って、そのお金をリニューアル資金に充ててもらいました。FCの中には186億円の負債から復活を遂げて、株式上場を果たした加盟店もあります。やはり、逃げないで正面突破したからこそ今があると痛感しています。

ネット通販と海外展開を加速し 2030年に1500店体制を目指す

若松 所有からシェアへと消費者の意識が急速に変化し、いわゆる「シェアリングエコノミー」の時代といわれている現代。いまやハードオフは生活に密着した社会のインフラとして、なくてはならない存在です。今後も出店を進めて、2020年に1000店舗、2030年には1500店舗体制にすることを目標に掲げていらっしゃいますね。

山本 東日本大震災の後、お客さまから「早くお店を開けてほしい」という声を多くいただきました。それ以降、社員研修では「社会のインフラとしての自覚を持ってほしい」と伝えています。人が全てであり、社員教育はあらゆる業務に優先する重要事項として取り組んでいます。

若松 国内は少子高齢化が進んでいます。国内市場の縮小も懸念される中、店舗戦略において重点分野・地域などはありますか?

山本 (目標の)1500店舗のうち、300店舗は海外に立地できるよう布石を打っているところです。2017年に出店したハワイの店舗はうまくいっており、オープンに向け準備を進めている米国本土でも受け入れられるだろうと踏んでいます。米国では自宅の前で不用品を販売するガレージセールの文化が定着しており、良質な商品を集められるかと危惧していましたが、「プロに適正な価格で買い取ってもらいたい」というニーズはあると確信できました。買い取りから販売まで行うハードオフの自給自足型のビジネスモデルがもっと広がっていくと思います。

また、当然ながらネットは重視しています。オンラインショップに加えて、2018年9月からスマートフォン向け無料アプリの配布をスタートしており、売上高の構成比を全体の10%まで引き上げていきたいと考えています。ただ、ここにきてネット通販最大手のアマゾンが実店舗による小売業を始めるなど、リアルを重視する流れがありますから、最終的には「ネットとリアルの二刀流」を使いこなしたところが勝者になるだろうと予測しています。

若松 リアルとネット、新品と中古品。どちらにも良さがあり、消費者は両方をうまく使いこなして買い物や生活を楽しんでいます。そうした時代を支える社会のインフラとして、ますますご活躍されることを祈念しております。本日はありがとうございました。

㈱ハードオフコーポレーション 代表取締役会長兼社長 山本 善政(やまもと よしまさ)氏 1970年3月拓殖大学を卒業。1972年7月オーディオ販売業「サウンド北越」(現ハードオフコーポレーション)を新潟県新発田市で創業。順調に業績を伸ばすも、1992年初めに業界縮小のあおりを受け売り上げが急落。当時、下取り品をガレージセールという形で販売したことがヒントとなり現在のビジネスモデルを考案した。1993年2月「ハードオフ」へ業態転換を開始。社会の環境問題意識の高まりを背景に、業績は急速に回復。安定的な成長を続け、2000年11月ジャスダック市場に株式上場。その後2004年2月に東京証券取引所第2部、2005年3月に第1部に市場を変更。全国47都道府県と海外にグループチェーンを約900店舗展開している。

タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ) タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。

PROFILE

  • ㈱ハードオフコーポレーション
  • 所在地:〒957-0063 新潟県新発田市新栄町3-1-13
  • 創立:1972年
  • 代表者:代表取締役会長兼社長 山本 善政
  • 536億3900万円(チェーン店合計、2018年3月期)
  • 従業員数:正社員457名準社員・パート・アルバイト2718名(2018年3月末現在)
  • https://www.hardoff.co.jp/

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M&Aの定着

M&A(企業合併・買収)調査会社レコフの調べによると、日本企業が関わったM&A件数は2000年以降増加し、2017年は年間約3000件に上った。

※MARR Online(マールオンライン)「1985年以降のマーケット別M&A件数の推移」より

M&Aと言えば、かつて大手企業が資金力を背景に、海外企業への対抗手段として使われることが多かった。例えば、ソニーが米映画会社のコロンビア・ピクチャーズ買収で合意したのが1989年。同年には三菱地所がロックフェラーセンターを買収した。「米国の魂を買った」と揶揄されるほど世間をにぎわせた買収劇から、約30年がたとうとしている。

そして現在、日本企業によるM&Aは、大手による海外企業買収に限らず、国内同士かつ中堅・中小企業も巻き込む形で展開されるようになっている。

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M&Aの目的(期待すること)

M&Aの目的は多様化している。近年は、後継者難による事業承継の目的でM&Aを選択する企業も増えてきた。これは「企業の存続」が狙いだが、もともとの原初をたどれば、大きく2つの目的からM&Aは始まった。「規模の拡大」と「経営資源の拡大」である。

(1)規模の拡大

この場合は、M&Aを通じて「マーケットシェアを高めること(売上高の増加)」と、「生産・販売などを集約したり、コスト削減を行ったりすることで利益を創出すること」を指す。これは欧米企業のM&A戦略の基本にもなっている。

(2)経営資源の拡大

1社単体でイノベーションを起こすことが難しくなった今日、企業は新しい技術やアイデアを外部に求めるようになっている。ある新しい技術やアイデアをもとに新規事業を立ち上げたいのであれば、最も手っ取り早い手段は「その技術を持つ企業を買う」ことである。2018年にメディアをにぎわせた、某大手企業によるベンチャー企業への大型出資なども、イノベーションに対する先行投資(先行者利益の獲得)であり、経営資源の拡大が目的である。

M&Aにおける「成功」の意味

(1)買い手企業が負うリスク

M&Aの基本原理は「売り手のリスクは少ないが、買い手に大きなリスクが伴う」ということである。売り手側は、売り値が高い・低いという差はあれども、プレミアムを受け取って事業の表舞台から撤退する。他方、買い手側は、喉から手が出るほど欲しい企業については、高いプレミアムを付けて買収を実行する。

しかし、これがうまく規模の拡大や経営資源の拡大につながらないときの負担は、事業を一から社内で立ち上げる場合と異なり、ある事業年度に突然起こり得る。これが買い手側のリスクである。

(2)M&Aにおける成功の定義

売り手側の「成功」とは、自社が希望する売却価格で売れることである。他方、買い手側にとっての成功とは、買収した企業が経営戦略において期待した効果を得られたかどうかで判断する必要がある。しかし、これは簡単なことではない。M&Aにおいて期待した効果を得ている事例は、そう多くないのではないだろうか。

買収した企業が当初の期待通りの効果を得られない原因の多くは、買い手と売り手の間にある「情報格差」に起因する。事前の情報収集が不足していたため、買収後にリスクが顕在化し、結果として企業に損失をもたらす場合である。

この場合の情報収集とは、公開されている情報、つまり買収直前の当該企業の事業構造・財務構造・組織構造に関する情報以外に、簿外債務など表に出ていない水面下の情報や、買収後に効果を発揮させようとする分野とのシナジー(相乗効果)の見積もりも含まれる。この部分の調査が甘いと、買収後に期待した効果が発揮されず、企業に損失や再売却の手間が発生する。

先のソニーと三菱地所の事例で言えば、最終的にM&Aは成功しなかった。ソニーはコロンビア社の経営のかじ取りをうまく行うことができず、買収してから5年後に大幅な減損処理を迫られ、赤字に転落した。コロンビア社自体も赤字を垂れ流す状態であった。また三菱地所の場合、ロックフェラーを買収したころから米国の不動産市況が悪化し始めており、賃料が暴落。賃料収入は減少し続けた。ロックフェラーセンター自体も老朽化が進んでおり、結局、1995年に撤退を発表した。

(3)M&Aの成功に向けて

「安く買って儲もうける」のがM&Aにおける基本であるが、儲けるためには、M&Aによる到達点を明確にしておかねばならない。M&A自体は「手段」であって、"目的"ではないからである。

自社の中長期的なビジョンの中で、規模の拡大や経営資源の拡大が必要だと判断したのであれば、その戦略を社内でしっかりと描いてから、M&Aの本番が始まる。その際には、買収後の経営方法や自社の既存事業とのシナジーも併せて検討する必要がある。

経営戦略を決定した上で、あまたある買収対象候補の企業群から、買収する企業を選定する。そこで今度は入念な情報収集が求められる。デュー・デリジェンス(DD、資産査定)と呼ばれる調査を徹底的に行い、被買収企業の潜在的な問題点を洗い出し、評価することが必要である。洗い出した結果、たとえ従前には知らされていなかったリスクが発見され、結果として買収を断念したとしても、それは高値でつかまされなかったという意味では、「成功」と捉えるべきである。

近年は、大手企業の戦略としてではなく、中堅・中小企業の経営戦略の手段としても活用されていることはすでに述べた。中堅・中小企業にとって、M&Aは企業の生死を分ける可能性もある。資金力が豊富ではない企業が買収に踏み切った場合、被買収企業の経営がうまくいかなければ、本体の足を引っ張り、成長の妨げになるからである。

早い決断も大事だが、事前の入念な調査によってリスクを顕在化させることが重要である。また、手元にある情報から、自社に有利な条件で買収できるように交渉を進めていくことが必要である。事業を自力で一から積み上げるだけでなく、自社を成長させるために企業を買い取る"M&A巧者"を目指したい。

経営コンサルティング本部 チーフコンサルタント 丹尾 渉
  • タナベ経営
  • 経営コンサルティング本部 チーフコンサルタント 丹尾 渉
  • 丹尾 渉
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  • クライアントの成長に対する「真摯」な姿勢と、ビジョン実現へのステップを着実に進める「丁寧」さを持ち味とし、財務戦略を中心としたコンサルティングで活躍中。決算数値を企業改革の宝ととらえる着眼で、共に成功事例を生み出し、業績が上がる体質を作ることを信条としている。
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    担当:タナベコンサルティング 戦略総合研究所