image1

今週のひとこと

社会人としての基本教育は、まず働く心構えを
持たせることだ。
学生気分と決別させ、稼ぐことの厳しさと
喜びを教えよう。

それでも人づくりを止めてはいけない

 新型コロナウイルスが中国からアジア、そして欧米へと広がり、今や世界中で猛威を振るっており、いまだ終束の目途はついていない。クラスター(感染集団)、オーバーシュート(爆発的な患者急増)、パンデミック(世界的大流行)、ロックダウン(都市封鎖)などといった言葉が飛び交い、人々の健康にとって極めて深刻な状況である。加えて、経済への打撃も計り知れず、今後の回復シナリオはまったく描けていない。
 ただし、どのような状況にあれ、「決して経済を止めてはいけない」のである。BCP(事業継続計画)は、テロや災害、システム障害、不祥事といった危機的状況下に企業が置かれた場合でも、業務が継続できる方策を用意し、生き延びることができるようにしておくための計画書である。いま一度、計画の内容を検証してみる必要がありそうだ。

 「いかなる時も、企業は環境適応業」。それらを実感させることが現実に起こっている。その一つが「人材育成」だ。すぐに人は成長できない、それだけに育成を一度止めてしまうとその影響は後々、ボディーブローのように効いてくる。それは、このような状況においてもしかりなのである。
 多くの人づくりに熱心な企業は、新型コロナウイルスにより集合教育ができないのであれば、Webを用いてでも続けようということで、Web研修を実施・導入する企業が急速に増えている。タナベ経営が提供する新入社員向けのセミナーにおいても、健康に留意しながらも集合型で行う一方で、Web研修(「新入社員セミナークラウドPlus)に切り替えた受講者数が200名を超えた。

 ちなみにタナベ経営の「新入社員セミナークラウドPlus(プラス)」は、アバター(Web上のサービスで使われるユーザーを模したキャラクター)に導かれ、まずは適性検査、続いてWebを通じて講義受講。内容の理解度はクイズ方式でチェックし、最後は感想や質問、悩みをクラウド上でタナベ講師とやりとりを行う。セミナー受講後は、タナベ経営のコンサルタントが企業を訪問、もしくはWebで企業の教育担当者に各自の受講結果を報告し、希望によっては研修時に習ったビジネスマナートレーニングの進捗フォローを行う。つまりWebとリアルを組み合わせた研修なのである。このほど、各社のニ ーズに応えて急きょ、製品化した。
 今後もさまざまなWeb上でのオンラインコミュニケーションツールを用いた研修受講やディスカッションを企画している。

 新入社員にとって入社時に受ける研修は人生一度きり。「経済を止めない、経営を止めない、人づくりを止めない」。私たちはいかなる時も立ち止まるわけにはいかないのである。

執行役員
戦略総合研究所
本部長
保木本 正典

1604_100nenmidashi



"日本の外食王"として名高い故江頭匡一氏が興したロイヤルグループは、リーマン・ショック時の停滞から回復し、いまやグループ総売上高1377億円、経常利益58億円(連結、2018年12月期)を計上するに至っている。この成長過程で多大なリーダーシップを発揮したのが、ロイヤルホールディングス代表取締役会長の菊地唯夫氏だ。東証1部企業としても、全てのステークホルダーにとって存在意義のある「サステナブル企業」を目指すビジョンと戦略を伺った。

外食、コントラクト、機内食、ホテルの4事業を展開

若松 ロイヤルホールディングス(以降、ロイヤルHD)とタナベ経営のご縁は、創業者・江頭匡一氏と当社の創業者・田辺昇一が、互いの創業時に出会ったことがきっかけです。今回の対談も、本当にご縁の不思議さを感じています。

ロイヤルHDはファミリーレストラン「ロイヤルホスト」をはじめとするロイヤルグループの持ち株会社です。ファミリーレストランだけではなく、現在は『ミシュランガイド福岡・佐賀・長崎2019特別版』(日本ミシュランタイヤ刊)に一つ星で掲載された「レストラン花の木」なども含む「外食事業」と並び、「コントラクト事業」「機内食事業」「ホテル事業」という四つの主力事業を展開しておられます。まず、各事業の特性やビジネスモデルをお聞かせください。

菊地 外食事業は、ロイヤルホストの他に天丼や天ぷらを提供する「天丼てんや」、サラダバー&グリル・レストランの「シズラー」、ピザレストランの「シェーキーズ」などのブランドで全国571店舗を運営しています。コントラクト事業は、空港のターミナル、高速道路のサービスエリアやパーキングエリア、百貨店、オフィスや病院など全国のさまざまな施設225カ所で食とサービスを提供。機内食事業は、成田・羽田・関西・福岡・那覇空港で多彩な機内食を約30社の航空会社へ供給。ホテル事業は「リッチモンドホテル」というブランドで全国40ホテルを展開しています。(【図表1】)

若松 菊地会長は日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、ドイツ証券を経て2004年にロイヤルHDに入社され、執行役員総合企画部長兼法務室長として経営に参画されます。当時のロイヤルグループはどのような状況でしたか。

菊地 社会から必要とされる存在意義を十分に持ちながら、時代の波にうまく乗れないというイメージでした。ファウンダー(創業者)の江頭匡一は1人で経営のかじを取って求心力の強い会社を築いてきましたが、2003年に経営の第一線から引退。私が入社した当時の経営陣は、分社化を推進し、現場に近い社員が知恵を出し合って機動的に動く体制への移行を図ろうとしていました。しかし、リーマン・ショックも重なって、ロイヤルHDは2008年から2年連続で赤字(当期純損失)を計上しました。

若松 2010年に代表取締役社長就任、2016〜2019年は代表取締役会長兼CEOとして経営に当たり、ロイヤルHDをV字回復へ導いてこられました。その指針となっているのが「ロイヤルグループ経営ビジョン2020」(【図表2】)ですね。

菊地 業績回復のための改革が急務と判断し、社長就任半年後の2010年9月に策定しました。特徴のある事業が補完し合う有機的な集合体"ワン・ロイヤル"を構築するためのビジョンです。外食、コントラクト、機内食、ホテルという4事業を貫くキーワードが必要と考え、「日本で一番質の高い"食"と"ホスピタリティ"グループ」としました。

当社の経営基本理念には「ロイヤルは食品企業である」と記されていますが、ホテル事業にはそぐわないので「"食"と"ホスピタリティ"グループ」と翻訳し直したのです。

若松 四つの事業領域にまたがる経営コンセプトとして、非常に深く、本質的な価値ですね。私は経営コンサルタントとして、「経営理念は変えるのではなく、時代ごとに翻訳することが重要だ」と提言しています。翻訳のために熟考を重ねると、創業の精神や真の存在価値が浮かび上がってくるからです。

菊地 グループビジョンに続いて、四つの「目指すべき姿」を示しました。ここでは、"増収増益"という言葉をあえて入れてサステナブル(持続可能)な成長を掲げ、さらに社会的責任を果たして全てのステークホルダーに支持され、社員が誇りを持って働ける企業を目指すとしています。つまり、お客さま・従業員・株主・取引先という全てのステークホルダーにとってフェアな会社になると宣言しているのです。

この経営ビジョン2020に立脚し、中期経営計画「Fly to 2014」(2012~2014年)、「Fly to 2017」(2015~2017年)、「Beyond 2020」(2018~2020年)を策定。2012年から2017年の6期連続で増収増益を達成するなど大きな成果を上げることができました。

【図表1】 ロイヤルグループの主な事業セグメント


出典:ロイヤルホールディングスIR資料よりタナベ経営作成

【図表2】 ロイヤルグループ経営ビジョン2020


出典:ロイヤルホールディングス「ロイヤルグループ中期経営計画2018~2020『Beyond2020』」(2018年2月)

互いにリスペクトしワン・ロイヤルを目指す

若松 菊地会長は、天丼てんやを展開するテンコーポレーションを傘下に収めたり、大和ハウス工業との合弁事業であったリッチモンドホテルを買い取って運営会社のアールエヌティーホテルズを設立したりと、総合企画部長の時代から数多くのM&A(合併・買収)を実行されました。どのような視点から取り組まれましたか。

菊地 現在、ロイヤルHDは1377億円の売上高で58億円の経常利益を上げています。しかし、2000~2010年にM&Aを一切やらなかったら、売上高600億円で経常利益9億円の会社になっていたと推測されます。

当時はロイヤルホストへの依存度が高かったので、環境変化を踏まえ、バランスのとれた事業ポートフォリオを構築すべく2007年ごろまでに多くの会社を買収しました。探していたのは、ロイヤルホストとは異なる事業を展開し、ロイヤルグループと目指すものが共通化できる会社です。

社長時代に私が推進してきたのは「PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション:M&A効果を最大化するための統合プロセス)」と言えるでしょう。その時に使ったキーワードが「リスペクト」です。

PMIの肝になると思ったのが、譲り受けた会社を含む事業会社間の壁をなくすこと。そのためにはリスペクトし合う関係性が欠かせないと考えたのです。例えば、「てんやとリッチモンドホテルは互いをリスペクトすべき。それができなければ、お客さまからリスペクトしてもらえない」と啓蒙しました。

若松「リスペクト」とは良い言葉ですね。相手の立場を理解した上での共感がないと、リスペクトはできませんし、会社はOne(一つ)になりません。そして、それをトップが発信することに意味があります。

私も仕事柄、多くの企業支援を行う中で、不振企業や組織ほど「この事業部が悪い」「ここより私たちの方が上だ」「本業は私たちだ」と他責的になり、変えることができない過去を批判している人が多いことに気付きました。「グループ経営は一つであり、互いにリスペクトすること」という発信は、リーダーの大切な仕事です。

菊地 その通りです。リスペクトし合うことでワン・ロイヤルという有機的な一体感が醸し出されます。会社における関係も同様で、従業員をリスペクトする経営者は、従業員からリスペクトしてもらえる。一方通行は絶対にないと思います。

その上で、先ほど申し上げたグループコンセプトを基軸に、各事業のビジネスモデルを踏まえた戦略と組織、収益性をデザインして改革を断行しました。

若松 同じ外食でも、ロイヤルホストと天丼てんやではビジネスモデルが異なります。また、ホテル事業とコントラクト事業も似ているようで違います。それぞれをビジネスモデルとしてデザインしながらも「日本で一番質の高い"食"と"ホスピタリティ"グループ」というミッションは同じなのですね。

菊地会長が講師を務める社内経営塾の成果

若松 組織は本質的に変化を嫌います。改革を断行するには、高度な変化の技術が必要です。図面ができても、それを実行するのは社員や現場の皆さんです。ご苦労があったと拝察いたしますが、取引先や社員とどのように向き合ってこられたのですか。

菊地 社長になってまず思ったのは、ステークホルダーへの対応です。株主に対しては会社の状況を詳しく説明しますが、従業員に説明する機会がないことに気付いて、2011年の決算発表後に本部スタッフを対象に「従業員向け決算説明会」を行いました。

その評判がとても良く、「店舗スタッフにも聞かせたい」との声も多かったので、私が全国を巡って決算の説明をすることにしました。するとメールで寄せられる質問が次第に多くなり、経営の基本を教えた方がいいと判断して「経営塾」を始めました。

若松 経営塾は、どのようなコンテンツで運営されているのですか。

菊地 私が講師で、スライド類も自作。月1回、朝の7時半から9時まで行います。テーマは第1回が「ロイヤルの経営戦略」、第2回は「財務の基礎」、第3回「ROE(自己資本利益率)の重要性」、第4回「企業価値の計算法」、第5回「これからの時代のサステナビリティー」、第6回は質疑応答です。希望者は誰でも受け入れ、アルバイトスタッフや就職内定者も聞きに来ます。累計で900名ほどが受講しました。

若松 充実した内容ですね。"来る者拒まず"の方針も素晴らしい。経営塾という社内コミュニケーション媒体を通してどのような手応えを感じますか。

菊地 二つあります。まず、質問のレベルがものすごく上がっていること。例えば「菊地会長の話に出てきたROEを自分なりに勉強したら、ROIC(投下資本利益率)が出てきた。ROEとROICの関連性を教えてください」といった質問がくるようになりました。これは問題意識が強くなっている証しです。

もう一つは、「従業員向け決算説明会の内容がよく理解できるようになった」という声が多くなったこと。二つとも私が一番望んだことです。

若松 受講者一人一人が、経営者という感覚で現場に向き合ったり、マネジメントしたりできますから、経営塾の効果はとても大きいと思います。ある種のコーポレート・コミュニケーションです。それらも含め、人材育成全般にどう取り組まれていますか。

菊地 本質的に事業の要素が違うので、配属先の事業会社ごとに教育を行っています。横の連携を図って各社の教育システムの良いところを取り入れながら育成に当たるようにしています。これによって一流のビジネスパーソンを輩出することが、ロイヤルグループの強さ・財産の増大に直結すると考えています。

社会や国から必要とされる企業こそが目指すべき姿だと思います

時代に適合した「飲食業の産業化」を推進

若松 ロイヤルHDの昔の社内報(江頭ファウンダーと田辺昇一が掲載されている、創業時の経営方針発表会の記事)を拝読すると、江頭ファウンダーはメッセージで「外食の産業化を目指しましょう。そして、飲食業をやっておりますけれども、ロイヤルHDは立派に世の中に貢献できる企業でございます。国家のためにも十分役に立つ事業でございます」と述べられています。外食王と呼ばれるにふさわしい志であり、真摯な姿勢がみなぎる言葉を残しておられます。

菊地 その通りです。江頭ファウンダーが目指していたのは「飲食業の産業化」です。私なりの解釈では、産業化は成立しましたが、社会環境の変化によりゆがみが生まれてしまった。だから、ロイヤルHD には「これからの環境に対抗していける飲食業の産業化とは何か」を示す責任があると思います。私がやりたいのは「飲食業の産業化のリストラクチャリング(再構築)」と言えるでしょう。

若松 先ほど紹介した「日本で一番質の高い"食"と"ホスピタリティ"グループ」という言葉そのものが、これから日本で食のサステナブルを実現する産業化のコンセプトであると感じます。

菊地 ロイヤルホストは、私の社長就任時に280あった店舗を220まで削減。残した店舗へ徹底的に資金と人材を投下してサービス向上に努めた結果、立て直しに成功しました。新規出店投資で単純な売上高アップを狙うのではなく、「既存店を含めた全店舗の質が日本で一番高い」という付加価値向上への取り組みを加速していく構えでした。

これからもテクノロジーを活用してさらなる付加価値の向上を図っていきます(【図表3】)。店舗のスタッフが顧客へのサービスの質、ホスピタリティの向上に時間を割くための戦略投資です。

若松 ロイヤルHDは食に関する事業が複合化しているので、デジタルトランスフォーメーション(DX)などの先進的な挑戦が大きな成果につながる可能性を強く感じます。

最後に、菊地会長が目指す会社像をお聞かせください。

菊地 私が目指すのは、社会にとって存在意義のある会社です。お客さま・従業員・株主・取引先という全てのステークホルダーにとって存在意義のある会社にしたい。これからデジタルをはじめとする大きな変化が起きる中で、社会や国から必要とされる企業こそが目指すべき姿だと思います。

若松 創業者の強い思いがこもった経営基本理念を、時代に適合した表現に翻訳すると「存在意義」になるのではないでしょうか。日本一質の高い"食"と"ホスピタリティ"を目指すファーストコールカンパニーとして、ロイヤルHD のますますのご発展を祈念申し上げます。本日は貴重なお話、ありがとうございました。

【図表3】 外食の未来へのチャレンジ


出典:ロイヤルホールディングス「統合報告書2019」

ロイヤルホールディングス㈱ 代表取締役会長兼社長 菊地 唯夫(きくち ただお)氏 1988年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、㈱日本債券信用銀行(現㈱あおぞら銀行)入行。2000年ドイツ証券㈱入社、投資銀行本部ディレクターを担当。2004年ロイヤルホールディングスに入社し、執行役員総合企画部長兼法務室長、2010年同社代表取締役社長就任。2016年まで社長を務め、現在は代表取締役会長を務める。また、2016年から2年間、(一社) 日本フードサービス協会会長を務めた。

タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ) タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。

 

PROFILE

  • ロイヤルホールディングス㈱
  • 所在地 : 東京都世田谷区桜新町1-34-6(東京本部)
  •       福岡県福岡市博多区那珂3-28-5(本社)
  • 設立 : 1950年
  • 代表者 : 代表取締役会長 菊地 唯夫、代表取締役社長(兼)CEO 黒須 康宏
  • 売上高 : 1377億100万円(連結、2018年12月期)
  • 従業員数 : 2686名(連結、2018年12月末現在)
 

consultant_reviewbanner


若手が残らない、育たないという課題

この時期、多くの企業では、4月入社の新入社員導入研修に取り組みつつ、同時に来期に向けた採用活動へ着々と準備を進めている頃である。人材獲得競争が激化している中、無事に新入社員を迎え入れて安堵する経営者も多いだろう。

しかし、注意していただきたいのは、採用した若手社員の面倒をしっかりと見て、定着・活躍させていくことである。

厚生労働省の「雇用動向調査」(2017年)によると、20~24歳の離職率は男性が25.8%、女性が27.3%と、19歳以下に続き高い数値を示している。よく「新人は3カ月か、3年で辞める」と都市伝説のようにいわれるが、あながち間違いではない。その原因は人間関係や仕事内容、賃金への不満などさまざまである。

苦労して採用した若手社員が定着し、活躍してもらうために何か手を打っているだろうか。私はここ数年、さまざまな業種・業態でアカデミー(社内大学校)の設立支援コンサルティングを手掛けており、特に若手人材の早期育成・定着に携わっている。本稿では、その経験の中で得た育成のポイントを紹介していきたい。

若手人材の成長を促進させる4つの要点

(1) キャリアビジョンを明確にせよ

人事制度の再構築や採用強化を行う上で、自社の理念・ビジョン・方針を実現する「求める人材像」(人材ビジョン)をあらためて明確にする企業が多く見受けられる。だが、抽象的かつ期限・職種に関係なく設定されているため、3年後、5年後、10 年後に理念やビジョンがどのような姿になっているのか、具体的に落とし込まれていない。従って、社員は何を目指して頑張ればよいのかがよく分かっていない。

アカデミーの設立支援コンサルティングでは、人材育成の最も根幹部分である「年次ごとに求める人材像(人材ビジョン)」を示すことにこだわっている。ある建設会社では、「技術職は3年目で現場代理人になる」という人材像を示し、さらに具体的なイメージを持ってもらうため、どれくらいの物件を担当できるようになるのか、案件名・物件の規模(金額)まで明示化している。

定性面・定量面の双方を押さえることが、キャリアビジョンを描く上で重要なポイントである。

(2) 部門・拠点・先輩任せから脱却せよ

ある製造会社に、人材育成についてヒアリングを行ったところ、教育制度の体系図を見ながら「階層別に新人から幹部クラスに至るまで、満遍なく教育を実施しています」と説明を受けた。

そこで私は、「階層に応じて必要な知識・スキルを高めることはよいが、実際に各事業部・職種で必要とされる知識・スキルを高める仕組みがあるか」を尋ねたところ、「現場に任せています」との回答であった。

教育制度の体系図を見ても、「OJT」と記されているだけである。何を教えているのかと聞いても、具体的な回答は得られなかった。さらに、「教えている人は優秀な人材ですか」と問うてみたが、「現場の先輩社員が教えている」と言うだけであった。

ある卸売会社に至っては、新入社員が営業の進め方を会社から教わることはなく、先輩社員と同行して学ばせるのだという。結果として、一人前になるまで多くの時間を要している問題点が明確になった会社もある。

このように人任せで育成していくと、成長させるために時間を要し、かつ指導をする先輩の知識・スキルに多くが委ねられることから、若手社員の成長にばらつきが出てしまうという問題があった。

従って、部門・職種ごとに必要とされる知識・スキルにおいても、教えるべき人が教えるという仕組みの構築が必要であると言える。

201905_review2_01

(3) 若手視点に立った「学ばせ方」を工夫せよ

教育といっても、講師・ファシリテーターがいる社内研修・勉強会や外部研修、実際に手を動かして教える実地(ハンズオン)研修、主体的に経営・部門課題を解決する「プロジェクト」など、" 学ばせ方" は多様である。

もちろん、それらが悪いと言いたいわけではない。私がここで提言したいのは、最近は若手から子どもに至るまで、動画サイトから知識を吸収し、分からないことを学んでいる傾向があることに着目してほしいという点である。

私自身も、休日に料理を作る時は、以前であれば必要な食材や作り方を本で学んで調理をしていたのが、最近では動画サイトを見て作っている。簡潔で分かりやすいところがいい。小学1年生の娘も、動画サイトを見て欲しいものを発見したり、スマートフォンのゲームの攻略方法を学んだりと、学びの手段が動画になっている。

ある企業は、吸収してほしい知識やスキルを動画で見せて、手で動かす・体を使うことは実地研修にするなど、インプットとアウトプットのバランスをとり、学ばせ方に工夫をしている。動画は繰り返し確認できるため、必要に応じて復習できるメリットもある。今の若手視点に立ち、働き方改革時代に合わせた学ばせ方に工夫することが重要である。

(4) 育成体制・指導役を明確にせよ

制度や仕組みに共通して重要なポイントは「運用」である。方針や人事制度においても、運用面でキーパーソンになるのは部門責任者や考課者であり、役割・責務を明確にする必要がある。それに応じてスキル・能力を高める研修(幹部研修、人事考課者研修など)も多くの企業で行われている。

一方、人材を育成するための体制はどうだろうか。部門の上長に育成を委ねたり、「メンター制度」(上長とは別に先輩社員が指導・相談役としてサポートする制度)を設けて若手をフォローしたりするものの、「活躍させる」視点には至っていないのではないだろうか。

ある飲食会社では、経営会議の中で人材成長に関する報告(教育の実施状況や習得しているスキル状況)を義務付け、会議で出された対策はすぐに実施させている。若手を成長させる責任者は誰か、指導役は誰かを明確にして、人材育成強化に努めていただきたい。

若手人材の育成により、定着化と戦力化を実現

前述した4つのポイントを具現化させるには、経営者自らが人材育成に対する思いを社員に語り、自らプロジェクトを組成して、推進することが何よりも大事である。実際、採用活動においては、会社説明会への参加から面談、選考に至るまで、経営者が深く関わる企業も増えてきた。

しかし、そうして苦労を重ねてやっと採用した若手人材を、すぐに退職させてしまう結果に終わらせるのはもったいない。仕組みとして若手人材の成長をサポートし、定着化・戦力化まで面倒を見ることが、企業としての責務であろう。

  • タナベ経営
  • HRコンサルティング東京本部
  • 本部長代理
  • 盛田 恵介
  • Keisuke Morita
  • 2001年タナベ経営入社。SP(セールスプロモーション)部門にて営業経験を積んだ後、コンサルティング部門へ異動。セミナー責任者を経てコンサルティングに携わる。現在は、中堅・中小企業の次世代経営幹部育成や営業戦略構築から営業力強化に至るまで一貫してサポートし、業績アップに向けて日々、クライアントと共に戦っている。モットーは「顧客創造なくして、企業の成長なし」。
  • お問合せ・資料請求
  • お電話でのお問合せ・資料請求
    06-7177-4008
    担当:タナベコンサルティング 戦略総合研究所