2020.02.07

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フロイトやユングと並び心理学の3大巨頭と称されるアドラー。「人間の行動には目的がある」とポジティブに捉え、現在を未来へどう生かすかを考える手法は、企業経営にも多くのヒントを与えてくれる。アドラー心理学を学び、30年以上にわたって講演・研修を続ける"勇気の伝道師"・岩井俊憲氏に、そのポイントを伺った。

 
 
人間観察から生まれたアドラー心理学
 
若松 アドラー心理学は、フロイトやユングに並ぶ3大心理学といわれます。経営に携わっていると心理学からの学びも多いため、今回の対談を非常に楽しみにしていました。まず、アドラー心理学には、どのような特徴があるのでしょうか。
 
岩井 フロイトが書斎で思考を重ねて理論構築したのに対し、アドラーはウィーンのカフェでコーヒーを飲みながら雑談をしたり、カウンセリングをしたりと、「現場」での観察から生まれた心理学です。また、フロイトは原因論、アドラーは目的論と、視点が異なります。
 
アドラーは理論ありきではなく、観察に基づいて現実との整合性から考察した。この現場での観察を「臨床の知恵」と呼んでいます。
 
若松 岩井先生はアドラー心理学と、どのように出合われたのですか。
 
岩井 勤めていた外資系企業でリストラを主導し、その後に私も退職。今までの経歴が通じない世界に飛び込んでみようと考え、不登校の子どもを預かる塾の手伝いを始めてアドラー心理学に出合いました。
 
塾で知ったのは、子どもが不登校になった原因を探ろうと過去を掘り下げても解決にたどり着かないこと。しかし、アドラーの「人間の行動には目的がある」という目的論を用いると、その子が今後どうしていくかの援助ができるようになりました。現在を未来にどう生かすかというアドラー心理学の考え方がピタリとはまったのです。
 
若松 アドラー心理学は、タナベ経営のコンサルティングと同様に臨床から導き出した理論なので共感できる学びが多いのだと分かりました。
 
 
 

 
未来に向けて行動するには目的が必要
 
若松 アドラー心理学の基本的な考え方の一つ、「自己決定論」とはどういう概念でしょうか。
 
岩井 人間は自分の行動を自分で決められるという考え方です。反対概念は、生まれ育った環境が影響を与え続ける「環境支配説」です。
 
アドラーは、「環境の影響はあるだろうが、支配されるものではない。人生を建設的に歩むか、非建設的=破壊的に歩むかは、自分で選ぶことができる」と捉えました。つまり、自分で決定できるという点でポジティブであり、未来志向なのです。
 
若松 当社の田辺昇一ファウンダー(創業者)も、「人生は遺伝・偶然・環境・意志の産物である」とよく言っていました。中でも「意志」が大事だと。「あなたはあなたの人生で何をやりたいのか」という「志」の重要性です。
 
岩井 それは自己決定論と目的論のセットですね。意志があれば、未来志向で動くのです。
 
若松 私は仕事柄、優秀な経営者によくお会いします。その際、「能力と運」「運命」について尋ねることがあります。すると、名経営者ほど「私は運が良かった」と答えられます。こうした経営者心理をどのように捉えられますか。
 
岩井 一般的には「過去は変えられないが、未来は変えられる」と考えますが、アドラー心理学では「過去も変えられる」と考えます。
 
過去に大変なことがあっても、現在が良ければ「自分の運が良くなる材料になった」と見方が変わる。現在から未来をポジティブに見れば、過去もポジティブに見ることができるのです。つまり、原因論へのアンチテーゼです。
 
若松 俗に言う「カイゼン活動」の「なぜなぜ分析」では、「なぜ」を5回繰り返して問題の原因を追求します。大切な思考ですが、一方で私はリーダーに必要なのは「目的の5乗」であるとし、「何のために」を5回繰り返せば、目標が目的、使命に昇華されると提言しています。
 
私自身も実践しており、「原因を追究する思考」と「目的へと昇華させる思考」のプロセスは大きく異なると感じています。
 
岩井 「なぜなぜ分析」は、誤解が多いのです。これは現場の知恵であり、「なぜ不良が発生したのか」と原因を徹底的に究明する考え方ですから、マネジメントやリーダーシップには向いていません。
 
部下がミスを報告してきた際に「なぜ」と問い詰めれば、心を閉ざしてしまって、その後ミスを隠すようになります。「なぜ+否定形」を3回繰り返すと、行動の否定ではなく人格否定になってしまうのです。現象や出来事など、人間の意思が関与しないものには有効な手法ですが、未来に向けて行動するには「何のために=目的」が必要です。そこを切り分けなければならない。
 
私は「なぜなぜ5回」と「目的の5乗」の両方が必要だと思います。過去・未来に対して、現場・現象・出来事、経営ビジョンに対して、両方必要であって、片方を切り捨てては成り立ちません。
 
若松 同感です。原因分析だけが独り歩きしている感じがします。「目的の5乗」を強く意識するぐらいが、ちょうどいいのかもしれません。
 
自己決定論や目的論への理解について、多くの企業と接する中で、どうお感じになりますか。
 
岩井 どうしても「何が悪いか」という原因論が中心になってしまいがちです。しかし、重要なのは「何ができているのか」です。アドラー心理学には、成果を評価するという「勇気づけ」の発想があります。ポジティブな側面を見ることが、より良い未来を呼び込むのです。
 
 
 

 
志は夢と現実を結び付けるイメージで
 
若松 アドラー心理学の「全体論」とはどういった概念ですか。
 
岩井 多くの心理学では、"分かっちゃいるけどやめられない"ことを、意識と無意識、理性と感情、肉体と精神が矛盾・対立し、意識では理解できても無意識でつい悪い方向に手が出てしまうと説明します。
 
対してアドラー心理学は、矛盾・対立ではなく、目的に向かって互いが補い合うと考えます。つまり、「分かっているけど、やめようとしない」と考える。これが全体論です。その点では、「できないのではなく、やろうとしない」と突き付ける厳しさがあります。自分で矛盾を作り出すのではなく、統合させて言行を一致させようということです。
 
若松 非常に共感します。経営の究極は成果です。成果は行動の結果から生まれます。行動は思考の積み上げなので、「分かっているなら行動できる」「行動しないのは分かっていないから」と捉えることができます。半面、「念ずれば通ず」と志を貫く優秀な経営者は多い。経営とは、トップの方針、つまり志を社員の協力で実現することです。組織に全体論が浸透することが経営行動であるとも言えます。
 
岩井 志とは、夢と現実の乖離を解消する明快なビジョンやイメージです。イメージと行動を一致させるため、「As if――まるでそうなったかのようにイメージし、行動しなさい」とアドラーは言います。アドラー心理学は、志の心理学でもあるのです。目的論や全体論も、理性や感情を一つの志としてイメージすることから始めようということです。
 
若松 実は、私自身も全ては「イメージ」「デザイン」から入ります。出来上がっている姿、あるべき姿を「絵」として鮮明に描けない場合は必ず実行の際につまずきます。
 
企業経営を見て感じるのは、改善案はロジックではなくイメージであり、ストーリー(物語)であること。映像的というか、描写が具体的であることが、志には大事なのです。例えば映画製作は、多くの人が部分的にしか関わりませんが、最終的には一つのエンディングが導かれることと似ていると思います。
 
岩井 実際、多くの物事はイメージから始まります。戦略の体系にあるように、論理は計画段階のもので、目的レベルにはビジョンが重要となる。論理優先になると、無機質になって心が動かされません。ですから、経営者にはビジョン形成、つまり志をつくるトレーニングが必要なのです。「何のために」を5回考えると、論理を超えてビジョンになります。
 
 
 

 
尊敬ではなく「リスペクト」こそが、
求められるマインドです

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多様性を認めることがリスペクトにつながる
 
若松 「認知論」とは、どのような概念でしょうか。
 
岩井 人は「覚えたいもの」を覚え、「覚えたくないもの」は排除する。見方は十人十色で、客観的に全てを受け止めているわけではありません。誇張し、軽視し、見落とす。一緒に体験したことでも、記憶は全て違う。それが認知論です。
 
経営者は、自分が見ないものを見ている人をうまく使うことが大事です。独特の物の見方は個性であり、欠点ではない。違いを受け入れ、尊重することが大切です。
 
若松 今で言う「ダイバーシティー論」と同じように感じます。経営学的に言えば、私は「ダイバーシティーは戦略になる」と言っています。
 
岩井 多様性を認めることですね。その点においては同様です。
 
若松 違いを個性として認知し、補い合うのですね。先に協力を掲げると、無理に合わせることになる。では、望ましいリーダーシップの在り方とは、どういったものでしょうか。
 
岩井 リーダーシップとは、指導力ではなく「影響力」です。部下が経営者にリーダーシップを発揮するケースもある。信頼を基にした影響力の発信がリーダーシップです。
 
若松 リーダーシップは、信頼と敬意がなければ成り立ちません。
 
岩井 「リスペクト」こそが求められるマインドです。「尊敬」は仰ぎ見ることですが、リスペクトとは「距離を取って見つめ直す」こと。仕事においても家庭においても、リスペクトを持つことは大切です。
 
そのためには、違いを認め合うこと。チーム内に相性の悪い人がいても、目的・目標に向かって違いを受け入れ、認め合うことが必要です。相手の目で見て、耳で聞き、心で感じることで「共感」する。この共感に基づくリスペクトが信頼と協力に結び付きます。
 
若松 「対人関係論」とは、どういった概念でしょうか。
 
岩井 人間を考える際、フロイトはその人がどう考えるかを重視します。一方、アドラーは「人間のあらゆる行動は対人関係である」と言い切ります。人との関わり方の観察が、どういう人物かを理解する最大の鍵になるのです。
 
若松 社員には家庭・仕事・個人という三つの顔があると感じています。経営者はこの三つの顔と付き合わなければなりません。
 
岩井 アドラー心理学においても、家庭・仕事・個人はその人を支える三つの柱であり、それを全人格的に捉えます。全人格的な成長を望むアドラー心理学を学び、職場でも家庭でも個人にとっても幸せになることが理想なのです。
 
 
 

 
事業承継期における同族関係の心理学
 
若松 多くの企業が今、事業承継を課題として抱えています。中堅・中小企業は同族経営が多いので、親子関係に起因する問題が発生しがちです。
 
岩井 経営者は自分の栄光と子のダメなところを比較し、引き算の発想をしてしまうのでしょうね。また、学歴は子の方が良いケースが多く、嫉妬の気持ちもある。嫉妬や羨望は、他者を引き下げる感情です。子を下げて自分の優位性を保つという、無意識の心の働きです。
 
アドラーは、第1子・中間子・末子という誕生順位を深く研究しました。例えば、第1子は期待に対する責任感が強い。それがプラスに働くと良いのですが。
 
若松 私の1000社超のコンサルティング経験のうち6割は、事業承継期のコンサルティングです。同族経営の場合、家族の関係性によって承継の成否が決まる現場を数多く見てきたので、非常に共感します。私は「兄弟経営は3代目までに80%失敗する」と注意を促しています。成功確率は20%なので、細心の注意が必要だという意味です。
 
岩井 子ども時代の関係の取り方は、人生に大きな影響を与えます。例えば、私は末っ子なので、「俺についてこい」というカリスマにはなれません。第1子は、良い"参謀"が付けばカリスマになれます。兄弟とその周りの関係性は、アドラー心理学でも理論展開があります。
 
若松 同族の事業承継は長子に目が行きがちですが、これまでお話ししてきた通り、経営は1人ではできません。チームで承継するスタイルがとれるかどうか、また、そのチームのチームワークが事業承継の成否と組織経営力を決めますから、そこに目を向けてほしいですね。
 
特に、右腕左腕となる参謀の育成は不可欠です。後継者1人だけを見て事業承継というテーマを考え過ぎると間違えます。大局的な視点から経営陣の組み合わせを考えることこそが大切です。
 
岩井 アドラー心理学は、別名「人間知の心理学」と呼ばれていて、人間を理解するのにとても有益な心理学です。経営者がアドラー心理学の知恵を経営に生かすと、大局的な視点から人それぞれの魅力を引き出せます。今日は、若松社長から「人間の魅力」を振り返るきっかけをいただきました。
 
若松 アドラー心理学について、経営者視点から分かりやすくお話しいただけたことに心から感謝を申し上げます。ありがとうございました。
 
㈲ヒューマン・ギルド 代表取締役
岩井 俊憲(いわい としのり)氏
1947年12月、栃木県生まれ。1970年早稲田大学商学部卒業。外資系企業(GE社、トヨタグループ、三井物産の合弁会社)の管理職などを経て、1985年4月、(有)ヒューマン・ギルドを設立、代表取締役に就任。アドラー心理学カウンセリング指導者。中小企業診断士。アドラー心理学に基づくカウンセリング、カウンセラー養成、各種講座、執筆活動などに従事し、30年以上にわたる研修・講演の受講者は18万人を超える。著書は『マンガでやさしくわかるアドラー心理学』シリーズ(日本能率協会マネジメントセンター)、『人生が大きく変わるアドラー心理学入門』(かんき出版)、『人を育てるアドラー心理学』(青春出版社)、『「勇気づけ」でやる気を引き出す!アドラー流リーダーの伝え方』(秀和システム)など50冊超。
 
タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。
 
 

アドラー心理学とは

フロイトやユングと並び「心理学の3大巨頭」と称されるアドラー

「アドラー心理学」とは、ウィーン郊外に生まれ、オーストリアで著名になり、晩年には米国を中心に活躍したアルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870-1937)が築き上げた心理学のこと。
 
欧米では、「個人心理学」(Individual Psychology)と呼ばれているが、日本では「個人」と言うと、「社会」と対比した個人のための心理学のニュアンスが強いため、「アドラー心理学」として定着している。
 
従来のフロイトに代表される心理学は、人間の行動の原因を探り、人間を要素に分けて考え、環境の影響を免れることができない存在と見なす。このような心理学は、デカルトやニュートン以来の科学思想をそのまま心理学へ当てはめる考えに基づく。一方、アドラーは伝統的な科学思想を離れ、人間にこそふさわしい理論構築をした最初の心理学者である。
 
 

アルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870-1937)アルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870-1937)
出典:ヒューマン・ギルドのホームページ https://www.hgld.co.jp/出典:ヒューマン・ギルドのホームページ https://www.hgld.co.jp/