超顧客志向で
「世の中に役立つものを誰よりも先に創る」
オーレック×タナベ経営

1 / 4ページ

201903_index_consultaidan
2019年3月号

 

福岡県広川町(八女郡)に本社を置くオーレックは、年商136億円を誇る農業機械分野のトップメーカーだ。業界初となる画期的な製品を次々と生み出す背景には、70年にわたって蓄積した高い技術力と、農家の不満や細かなニーズに寄り添う超顧客志向がある。

 

 

201903_team_01

 

自走式草刈機の国内シェア40%超

 

平井 オーレックは、自走式小型草刈機において国内シェア40%超を占めるトップメーカーです。まずは創業の経緯やこれまでの事業展開についてお聞かせください。

 

今村 創業は1948年で、2018年に70周年を迎えたところです。父・隆起は戦後のモノ不足の時代に手作りで農業機械の製造を始め、1957年に株式会社化。その後は歯車をメインとする機械製品や耕運機、草刈機へシフトしました。特にチームコンサルティング対談草刈機については、他社に先駆けて業界初の製品を次々と世に送り出し、トップシェアを築くことができました。

 

平井 業界初の製品開発を生み出す秘訣はあるのでしょうか?

 

今村 お客さまのクレームに謙虚に耳を傾けることです。私は入社後に営業担当だったため、お客さまの不満や声を直接お聞きする機会が多く、既存の草刈機では対応できない分野が多くあると気付きました。

 

例えば水田の畔は、機械では通れない細い道の斜面と平面を同時に刈らないといけません。そこで、狭い所でも使える二面あぜ草刈機「ウイングモアー」を開発したところ、累計20万台を超えるヒット商品に成長。果樹園向けの乗用草刈機「ラビットモアー」も業界初でした。それまでは当社も操縦者が機械の後ろを歩いていく手押し式が主流でしたが、腰をかがめて作業しなければならない上、刈った草やほこりが後方に立つ操縦者の方に飛んでくるというデメリットがありました。そこで、車高の低いゴーカート式の草刈機を開発。座ったまま草刈りができ、作業部は自分が乗っている車体の下なのでほこりを吸う心配もありません。お客さまから「遊び感覚で草刈りができる」と好評を得ました。

 

平井 ユーザー目線の問題点が把握できるのは、現場を大事にされているからに他なりません。現場でしか見えてこない意見やニーズは数多くあります。

 

今村 おっしゃる通りです。乗用草刈機を発売した年、全国のお客さまの元を回りました。不具合などをお聞きして製品に反映するためでしたが、福島県のある農家を訪れた時のこと、「今までで一番の親孝行の機械」と褒めていただきました。その方は、中学生の息子さんに週末に草刈りを手伝うように言っておくと、土曜日の朝早くから息子さんの姿が見えなくなっていたとのこと。草刈りは大変な作業ですから、親に見つからないうちに出掛けてしまうわけです。仕方なく、少しでも楽に草が刈れるように当社の乗用草刈機を購入し、「さあ、草刈りをしよう」と納屋に行くと草刈機がない。辺りを探すと、なんと息子さんが草を刈ってくれていたそうです。さらに、「息子が『面白いから、これからずっと草刈りをする』と言ってくれた」と、大変喜ばれていました。この時、仕事の本当のやりがいとはお客さまに喜んでいただくことであり、そのためにものづくりをしていると、あらためて痛感しました。

 

平井 お客さまの視点に立った斬新な製品開発がオーレックの成功要因であることは間違いありません。今村社長が売上高を「貢献高」と呼ばれるのも、お客さまへの貢献が売り上げにつながるとのお考えからでしょうか。

 

今村 売り上げを目標にすると、どうしても無理に売るケースが出てきます。ですが、そういった売り方は長続きしませんよ。お客さまに喜んでいただく製品、世の中の役に立つ事業でないと続きません。言い換えれば、世の中に貢献した分が売上高になる。その金額だから貢献高。ずいぶん前から使っており、社内の共通言語になっています。

 

 

オーレック 代表取締役社長 今村 健二氏1952年福岡県久留米市生まれ。明治大学工学部機械科卒。半年間の米国留学を経て、1976年、父が創業した大橋農機株式会社(現・株式会社オーレック)に入社し営業部にて東日本を開拓。1988年、社長に就任し社名を変更。独創的な製品づくりで社長就任当時30億円だった売上高を現在の136億円へ成長させた。座右の銘は「百見は一感に如かず」。

オーレック 代表取締役社長 今村 健二氏
1952年福岡県久留米市生まれ。明治大学工学部機械科卒。半年間の米国留学を経て、1976年、父が創業した大橋農機株式会社(現・株式会社オーレック)に入社し営業部にて東日本を開拓。1988年、社長に就任し社名を変更。独創的な製品づくりで社長就任当時30億円だった売上高を現在の136億円へ成長させた。座右の銘は「百見は一感に如かず」。

 

 

オーレック ブランディング広報グループ 課長 関 雅文氏1974年福岡県福岡市生まれ。久留米工業高等専門学校機械工学科卒。1995年入社。営業部にて2010 年岡山営業所所長、2013年福岡営業所所長を経て2015年より現職。2016年のブランドリニューアルを手掛け、コーポレートブランディングの他、広報、採用、教育など経営戦略部門を担う。

オーレック ブランディング広報グループ 課長 関 雅文氏
1974年福岡県福岡市生まれ。久留米工業高等専門学校機械工学科卒。1995年入社。営業部にて2010 年岡山営業所所長、2013年福岡営業所所長を経て2015年より現職。2016年のブランドリニューアルを手掛け、コーポレートブランディングの他、広報、採用、教育など経営戦略部門を担う。

 

 

1 2 3 4