いっしょう、いっしょの家づくり
地域に密着して、長く暮らせる快適な住まいを追求
家’Sハセガワ × タナベ経営

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2021年1月号

 

 

高断熱・高気密住宅「はるめんと」(左・右下)、耐雪・高断熱・高気密住宅「スーパーフォルテ」(右上)など、地域の住民を“雪と寒さから解放”する住宅が高い支持を得ている

 

 

3代にわたって上越・妙高地域の住環境改善に尽くしてきた家’Sハセガワ。「いっしょう、いっしょ」をコンセプトにステークホルダーと揺るぎない信頼関係を築き、理想の住まいを追求する。

 

 

雪と寒さから地域の人を解放したい

 

森松 家’Sハセガワは、新潟県の上越・妙高地域で戸建住宅の設計・施工を中心とした事業を展開する建築会社です。まず、会社の概要と沿革をお聞かせください。

 

長谷川 私の祖父、長谷川定雄が1952年に創業して木材・製材業を始めたのが起点です。1969年に1級建築士事務所を開設して住宅建築事業へ進出。現在は住宅建築に特化した事業を行っています。

 

事業拠点としては本社と部材を加工するプレカット工場のほかに、住宅の構造や暮らし方などをお客さまに紹介する体験型の展示場「木もれ陽」と「上越すまいステーション」があります。

 

森松 地域に密着した家づくりを続けてきた老舗企業ですね。事業の特徴はどのような点ですか。

 

長谷川 上越・妙高地域は、夏は高温多湿で冬は大雪が舞う厳しい環境下にあります。当社は「雪と寒さから、地域の人の暮らしを解放して快適なものにしたい」との思いから、1988年に地域初となる高断熱・高気密住宅「はるめんと」を発表。高い評価を得て30年を超えるロングセラーとなり、1000棟以上の竣工実績を誇っています。

 

住宅建築会社としては珍しく、プレカット工場を所有していることも特徴の1つ。これにより、設計・企画から部材を作って家を建てるまでの自社一貫生産を可能にしています。

 

森松 耐雪住宅のモデルハウスを建ててから受注が増えたと聞いています。

 

長谷川 1987年にモデルハウスを建て、見学会を催すと多くの人が訪れました。1984年から「3年豪雪」と呼ばれる記録的な大雪が続き、住民から「雪につぶされない家を建ててほしい」との声が上がりました。それに応えてオリジナルのフラットルーフ(水平屋根)を備え、最大4mの雪の重さに耐える耐雪住宅の導入を決め、モデルハウスを公開したのです。当時、この周辺ではモデルハウスを建ててPRするのは先駆的な手法だったので、注目度が一層高まったのではないでしょうか。

 

そして1988年の高断熱・高気密住宅「はるめんと」に続き、1989年には耐雪+高断熱・高気密住宅「スーパーフォルテ」を発表して、念願の“雪と寒さからの解放”が実現。そこから売り上げが急伸しました。

 

1995年には総竣工数が1000棟を超え、2005年に1700棟、2014年には2000棟に達しました。

 

 

家’Sハセガワ 代表取締役社長 長谷川 覚氏
1966年新潟県妙高市生まれ。足利工業大学卒業後、1993年に長谷川興業(現家’Sハセガワ)入社。その後、1級建築士、1級建築施工管理技士や福祉住環境コーディネーターなどの資格を取得。2006年、同社代表取締役社長に就任。

 

 

 

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