COLUMN

2023.06.05

日本企業が中国撤退する際のリスクや注意点とは

はじめに ―「脱・中国化」の流れについて―

中国の生産拠点をASEAN諸国へ分散する企業が増えています。JETROによれば、中国の基本給・月額の中央値である540ドルを100とした場合、マレーシアは78、タイは73、インドネシアは69となり、ASEAN主要国ではおおむね中国の7~8割の賃金水準1となっております。かつての「世界の工場」は、ASEAN主要国と比較して投資魅力が失われており、世界中でサプライチェーン整備・見直しが進められています。

日本企業を例にとると、2022年1月12日にキヤノンが広東省珠海市にあるコンパクトデジタルカメラの生産拠点を閉鎖することを発表しました。1990年に設立された現地法人の「佳能珠海(キヤノン珠海)」は、最盛期に1万人以上の従業員を抱えた、キヤノンのコンパクトデジタルカメラ製造のメインの工場でありましたが、スマートフォンの台頭に伴うコンパクトデジカメのシェア下落を鑑み、撤退に踏み切りました。 2青山商事においても、2014年からインドネシアで生産を開始しましたが、今後も対中依存を低下させる方針です。3

世界中で吹き荒れる「脱・中国化」の流れの中で、日本企業が中国撤退時に留意しておきたい点について整理いたします。


1「新型コロナ禍2年目のアジアの賃金・給与水準動向」(JETRO、2022年7月4日)
2「キヤノンの中国デジカメ工場撤退に賞賛の嵐、地元を大切にする企業DNAとは」(DiamondOnline、2022年1月28日)
3「ダイキン、青山商事、アップル...「脱中国」企業が急増する数々の理由」(Diamond online、2022年12月20日)

中国撤退時の想定されうる手法について

まず、取りうる手法については以下が考えられます。

・持分譲渡
・解散・通常清算
・法的清算(破産)

ただし、法的清算(破産)は政府当局や裁判所の手続に時間や費用を要すること、税務当局から過年度についても遡って調査され、税金の追納を求められるリスクが相対的に高いこと等から、他手法と比べ大きく劣後するため、本稿においては持分譲渡、解散・通常清算を中心に記載いたします。

解散・通常清算は、現地法人の事業を終了し、法人格を消滅させるため、それに伴い、財産・債務の処分・整理が必要となり、時間的・金銭的負担が大きくなります。また、清算は、対象会社に対し税務当局が税金を徴収できる最後のチャンスであるため、3-6か月程度の税務調査が必要となり、追徴リスクもあります。また、一般的には解散決議の開始から、清算の終了に1年から2年程度かかることが一般的です。

一方、持分譲渡には、買い手探索時にフィナンシャルアドバイザーや会計事務所、法律事務所などの専門家を起用する必要があり、その費用が発生します。また、自社内でのチーム編成も必要です。しかしながら、解散・清算時の費用負担やリスクが低減され、出資持分を譲渡することで一定額の換金が可能になります。ただし、買い手探索が困難で長期化する場合、対象会社がグループ全体のキャッシュフローや財政状態に悪影響を与える可能性もあることに注意が必要です。そのような場合には、持分譲渡から解散・通常清算に舵を切ることも選択肢の一つとなります。

したがって、時間的・金銭的負担や追徴リスクなどを考慮すると、持分譲渡を既定路線とし、買い手探索に一定の期限を設定することが望ましいです。そして、その期限を超過してもなお買い手が見つからない場合には、解散・通常清算を検討することが必要です。

中国撤退時の想定されうる手法について

持分譲渡の流れ4

(1)戦略の策定
アドバイザーや関係者と協議して、取引条件(従業員の扱いや取引後の経営陣、取引ストラクチャー等)や希望する取引金額を決め、提示する条件等を設定する必要があります。

(2)買い手候補の探索
より良い条件で持分譲渡を行うために、多数の買い手候補を募り、競合させることが望ましいです。多くの買い手候補を募るには、まず買い手候補を選び接触する必要があります。その際には、匿名で多数の買い手候補と接触するため、会社概要等を示した取引概要書(ティーザー)を作成し、配布します。ティーザーを基に買い手候補に打診し、取引・交渉に進む意思がある場合には、買い手候補と秘密保持契約書(NDA)を締結した上で、より詳細な事業・サービス概要や取引概要を示した案件概要書(Information memorandum = IM)を、プロセスレター(取引スケジュール等の概要書)と併せて提示する流れが一般的です。

(3)意向表明書の受領又は基本合意書の締結
買い手候補に対し、IM、プロセスレターを提示・協議し、基本条件(買収対象、取引価額、取引ストラクチャー等)の提示又は合意書の締結を行います。この時点で、複数の買い手候補からの基本条件の提示があることが望ましいです。

(4)デューデリジェンス(財務、法務、環境等)の受け入れ
意向表明書又は基本合意書の締結後、買い手候補は基本合意の基礎となった事項(取引価額、取引ストラクチャー等)の情報の正確性や網羅性を確認します。売主は、買い手候補から求められた資料の準備やQAへの対応が必要となります。この際、どのような資料を開示し、どのような回答をするべきかは、今後の最終条件の交渉に大きな影響を与えるため、アドバイザーに意見を仰ぎながら進めることが望ましいです。

(5)最終条件の交渉
買い手候補は、意向表明書又は基本合意書の締結後、基本合意の基礎となった事項(取引価額、取引ストラクチャー等)の情報の正確性や網羅性を確認します。デューディリジェンスで把握しきれていなかった事項を洗い出すことになるため、買い手候補は基本条件に対し一定の修正を加える可能性があります。

(6)クロージング
クロージングとは、契約に基づいて取引を実行することであり、売り手の履行義務である持分の譲渡と、買い手の履行義務である対価の支払いの両方を行うことです。買い手候補は、クロージングに向けて契約締結及び実行に必要な前提条件を設定します。例えば、業務上の認可、重要な取引企業への通知又は同意(特に経営権の移動が生じた場合に通知又は同意が必要な契約を締結している先)、独占禁止法による届け出等が挙げられます。これらの前提条件を成就しなければクロージングには至らず、再度交渉又は解約となります。


4「M&A実務ハンドブック」(第8版[2019年9月25日]、中央経済社、鈴木義之編著)

持分譲渡の流れ

解散・通常清算の流れ5

(1)事前準備
清算手続きに移る前に、潤沢にキャッシュがある場合には配当で先に本社に移してしまうことが望ましいです。特に生産の場合には税務調査を行うこととなるため、税務当局としては当該会社から税金を取る最後のチャンスとなり、追徴等を積極的に行うことが考えられます。残余財産の送金は、解散決議前(解散・清算手続きの開始前)に実施することが望ましいです。

(2)資産及び負債の整理
清算人会の設置後に債権届け出を行った後、会計事務所等が中心となり、清算財産価値評価と処分を行っていくこととなります。特に、製造業の場合には、製造設備の処分は、中国の環境法に配慮しながら実施する必要があり、高額な費用が発生する場合もあります。

(3)解散決議、清算委員会の設置及び届け出
現地法人を解散する際には、社内での意思決定を行う必要があります。対応する意思決定機関が株主会である場合には、株主会決議により、議決権の3分の2以上の同意を得る必要があります。意思決定機関が従来の董事会である場合、董事会決議により、出席董事全員の同意を取る必要があります。
また、清算委員会設置及び届け出により、通常運営ができなくなるため、その前に従業員のリストラや取引先の整理が必要となります。原則として、新規の契約締結は不可となりますが、既存契約に基づく債務履行は可能です。

(4)税務面での対応
税務当局にとっては、対象会社に対し税金を徴収できる最後のチャンスであるため、過去に遡って3-6か月程度の税務調査が実施されます。特に移転価格の問題について、税務当局から指摘された場合、独立当事者間の取引価額と実際に行った取引価額の税額の差額の支払いが命じられることとなります。そのため、清算手続きが長期化(税関登記抹消まで1年~1年半など)する恐れがあるため、特に注意が必要です。

(5)従業員のリストラ
財産・債務の処分・整理が必要となり、かつ、税務当局との折衝も必要となることから、日本人・中国人財務担当者両名を残していただくことが望ましいです。残せない場合には、外部委託などで機能を補填する必要があるため、別途費用がかかってしまうことになります。
基本的には、従業員と交渉・合意の上、労働契約の解除を進めていくこととなります。その場合、会社都合であるため、経済補償金(1年分の賃金を上限)に一定額を上乗せした金銭保証を提示することとなります。解散決議による一方的な解雇(経済補償金のみ)という選択肢もありますが、労働争議の回避という観点からは、上記の対応が望ましいです。

(6)残余財産の送金
清算に伴う費用や従業員への経済補償金の支払い、取引債務や一般的な債務の返済等を完了させた後、株主への残余財産の分配が可能になります。ただし、残余財産分配は株主に対してしか行えないため、慎重な対応が必要です。


5「中国事業からの撤退する際の留意点 解散・通常清算の手続」(BUSINESS LAWYERS、2020年04月13日)

まとめ

ここまで見てきたように、解散・通常清算及び持分譲渡のそれぞれにメリット、デメリットがありますが、解散・通常清算は持分譲渡と比較して、金銭、時間、税務等の観点から負担が重いといえます。そのため、持分譲渡を既定路線とし、買い手探索に一定の期限を設定することが望ましいです。そして、その期限を超過してもなお買い手が見つからない場合には、解散・通常清算を検討することが必要です。

著者

タナベコンサルティング
フィナンシャル・アドバイザリー事業部
シニアアソシエイト

神野 良佑

2016年に慶應義塾大学法学部卒業。同年、大和証券株式会社に入社。 中小企業及び富裕層を対象に証券等の販売、IPO支援、事業承継、M&A仲介等の業務に従事。 2018年より大和証券グループ本社に異動し、システム企画部門にてIT統制、システムリスク等の業務に従事。中長期IT戦略の策定、基幹系システムの再構築、デジタルトランスフォーメーション戦略の推進等のプロジェクトを実施。 2019年に当社入社。国内外含めた、FA業務、財務デューディリジェンス、M&Aアドバイザリー、市場調査業務に従事。

神野 良佑

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