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人事コラム
人事制度

企業価値向上を図るための「日本版ジョブ型人事制度」

本コラムは、FCCフォーラム2023オリジナル講義テキストに掲載された内容です。

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人的資本経営を支える人事制度の改革

人的資本経営を支える人事制度の改革

人事制度の見直しを行う理由として最もよく聞くのは、「人事制度を10~15年変えておらず、時代にそぐわなくなってきたから」というお話である。一方、ビジネスモデルや経営戦略と連動した人事戦略の中の人事制度が論点となり、戦略に伴った見直しを検討するケースは非常に少ない。しかし今後は、戦略と制度の連動性こそが非常に重要である。経営理念・パーパスを起点に、事業・組織・人材・人材マネジメントシステムを一気通貫で連動させることが求められているのである。

(1)日本企業の特徴

2019年5月7日に開かれた経団連の定例記者会見で、当時会長だった故中西宏明氏は「終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることには限界がきている」と述べた。外部環境の変化に伴い事業が変化するスピードも加速していることから、経営層だけでなく働き手にも成長事業への職務転換の必要性を示唆している。

日本的経営における終身雇用、年功序列、企業内労働組合を「三種の神器」と称し、日本の企業経営の強さが礼賛(らいさん)されていた時代は確かにあった。OJTと呼ばれる職場訓練によって、仕事上必要な知識やスキルは人を介して伝授され、社員教育も充実しているとみられていた。そのような時代からなぜ日本は「失われた30年」に突入し、今では労働生産性がOECD加盟国38カ国中27位(2021年)まで低くなったのか。その要因として次の3つが挙げられる。

①仕事の割り振りが肝となる
日本では、仕事に対して人が割り当てられるのではなく、人に合わせて仕事が割り振られる。部下やチームメンバーそれぞれの経験や保有スキルを踏まえ、特性を見極め、仕事を組み立てていくことが一般的だ。仕事を与えられた個人は互いに密な報連相を行い、それを管理者がフォローすることで組織は運営されてきた。

しかし最初の仕事の割り振りを誤った場合、火消しを行うのは決まってエース社員である。「できる人に仕事が集まる」とはよく聞く職場の問題であるが、職務の線引きを行わないが故に残業時間など負担の偏重を引き起こしてしまう。

②「ぶら下がり社員」の出現
日本特有の合議制での意思決定は、意欲の低い「ぶら下がり社員」を生み出すことにつながる。関係者を満遍なく巻き込むことになり、結果として役割や責任範囲が不明瞭になるからだ。社員一人一人の責任感や貢献度の実感が希薄化し、「がんばっても適切に評価されない」と不満が募りぶら下がってしまうのだ。するとメンバー全員が一丸となって成果創出に向けて突き進むことが難しくなり、意欲や貢献度の低い人材が増え、組織の生産性は下がってしまう。

③仕事の目的の喪失
社員は毎日一生懸命に仕事を行うが、なぜか生産性が上がらない。それは結局のところ、「自分のやっている仕事が何につながっているか」「その成果は何なのか」が明確ではないからだ。

年を重ねるごとに能力も上がると考える職能資格制度は、ゼネラリストの養成にもってこいである半面、仕事のミッションが不明瞭になることがデメリットである。仕事の割り振りは上司に一任されているため、仕事のミッションが正しく与えられるかは上司に依存しがちだ。ミッションが明確に与えられないままでは、社員はあてもなく仕事をし続けることになり、生産性はなかなか向上しない。

これら3つの要因により、日本企業の生産性は低下している。ここから脱却していくためには、「ジョブ型」の導入が有力な選択肢であるといえよう。

「日本版ジョブ型人事制度」の導入

2023年1月4日の記者会見で岸田総理は「リスキリング(学び直し)の支援や職務給の確立、成長分野への雇用の移動を三位一体で進め構造的な賃上げを実現する」と述べ、「労働移動を円滑にするための指針を6月までに策定する」と明らかにした。賃上げを実現するため、生産性の低い分野から生産性の高い成長分野への労働移動を促す発言である。

付加価値を上げ、生産性の高い企業にならなければ、人材採用もままならない。このような局面で企業は何に取り組むべきか。それは、事業戦略・経営戦略を実現していくための「組織ミッション」をあらためて見直し、自社に必要なジョブ(職務)を定義することである。

(1)雇用と人事制度の違い

はじめに、よく誤解を招く部分を整理しておきたい。「ジョブ型人事制度」と「ジョブ型雇用」は同義ではないということである。

労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎氏は、職務合意がない中で雇用契約が締結される在り方を「メンバーシップ型雇用」、職務単位で雇用契約が締結・解約される雇用の在り方を「ジョブ型雇用」と整理している。

日本的な雇用慣行である「メンバーシップ型雇用」では、採用時点で明確な職務が決まっていない。よってどのような職務にでも就けるような人材が選ばれやすく、採用時に重視されるのは「同じ会社で共に働いていくにふさわしいか」である。いわゆる「ポテンシャル採用」と呼ばれるものだ。メンバーシップ型では、新卒一括採用を行い、さまざまな部署への配属やジョブローテーションを経て、階層別の研修により大局的な視野を持ったゼネラリストを生み出すのが特徴であろう。(【図表1】)

メンバーシップ型とジョブ型人事制度

一方、欧米的な雇用慣行である「ジョブ型雇用」は、特定の職務に長けたスペシャリストを採用し、組織上求められる職務にあてがう考え方である。ただ、欧米と日本では慣習や労働法などに大きな違いがあり、当然これをそのまま採用するのは望ましくない。メンバーシップ型の修正すべき部分を改め、ジョブ型の適した部分を取り入れる柔軟な発想が必要である。そこで、「ジョブ型雇用」の考え方を人事制度に取り入れた「ジョブ型人事制度」を提案したい。

(2)日本版ジョブ型人事制度の導入

メンバーシップ型雇用を行う日本企業においても、人事制度の中にジョブ型雇用的な考え方を取り入れることは可能である。また、戦略の推進に必要な専門人材を中途採用などのジョブ型で雇用し、メンバーシップ型雇用層と掛け合わせることで強い組織を作っていくことができる。この考え方を「日本版ジョブ型」とし、全体像を次頁【図表2】に示した。

日本版ジョブ型人事制度の全体像

①一般職階:メンバーシップ型雇用×メンバーシップ型人事制度
人材の代謝を促したいからといって「定年制」を完全に廃止することは不可能に近く、また人材確保の方法として「新卒一括採用」は継続的に行われると考えられる。つまり、社員の大部分は引き続きメンバーシップ型雇用で採用されていく。これを前提とすると、経験やキャリアを持ち合わせていない新卒社員には、入社後にさまざまな経験をさせ、特性を見極めて適正配置を行うのが妥当だ。ここではメンバーシップ型人事制度が適用され、ゼネラリストを生み出す人材育成が行われる。

②管理職階:メンバーシップ型雇用×ジョブ型人事制度
日本企業の多くが適用している人事制度に「職能資格制度」がある。これは職務遂行能力の高さで資格を区分する制度であるが、よく取り上げられる課題として「職責と報酬の整合性が取れない」という点が挙げられる。「これぐらいの能力があるから」という単純な理由で昇格が決まることも多く、また「一度身に付いた能力はなくならない」という前提が成り立っているため降格はめったに起きない。年功的・硬直的な制度だといえる。この問題を解消するため、管理職階ではジョブ型人事制度を取り入れ、職責と報酬を結び付けていくのが有効だろう。

③専門人材:ジョブ型雇用×ジョブ型人事制度
専門人材については、企業が必要とする特定の職務があるため、それに見合った高度専門人材を採用し、市場価値に見合った待遇の提示を行う。当然、人事制度はジョブ型を採用して、人材の専門スキルに基づいた職務遂行能力を評価する。

依然として多くの企業では高度専門人材の獲得をメンバーシップ型雇用に頼り、評価もメンバーシップ型人事制度に基づくケースが少なくない。これをジョブ型へと切り替えなければ、優秀な専門人材の流出や確保難に見舞われ、成長分野へ"移動される側"になりかねない。

(3)中堅・中小企業が取り入れるべき「ジョブ型人事制度」

人事制度の改革の方向性は、大手企業が先行して模索しているが、中堅・中小企業もそれに追随できるかどうかが重要である。前述したように、ジョブ型の考え方を会社全体に適用する必要はない。専門人材を中心に、管理職階にも適用できればよいだろう。そのためには事業戦略・経営戦略から逆算して各組織におけるミッションを描き、そのミッションを実現するための「ジョブディスクリプション」(職務記述書)を作成する。(【図表3】)

ジョブ型人事制度の全体像とジョブディスクリプション

①ジョブの定義は目的と成果責任から
ジョブの捉え方には目的・成果責任・タスクの3つのレイヤー(階層)が存在する。この中で定義すべきは、目的(何のために責任を果たすのか)と成果責任(業務遂行の結果どのような責任を持つのか)である。

ジョブの定義といわれると、一般的にはタスクを思い浮かべることが多い。しかし、タスク一覧のようになったジョブディスクリプションは、整備・更新が煩雑になり、柔軟性が極めて低いためお勧めしない。特に高度で複雑な判断を要する職務が多く、定められたプロセスがない管理職階には適さない。

管理職階や専門人材はジョブの定義が曖昧になることも多く、これを定めないままではジョブ型人事制度の価値も享受できない。職務の目的と成果責任に着目し、ジョブディスクリプションに落とし込んでいくことが求められる。(【図表4】)

ジョブディスクリプションの一例

②成果責任の明確化
組織設計においては全社戦略に基づき、事業・機能・地域に応じて階層を決めていく。その際、階層ごとに設置するポストと、成果責任の範囲や重さを連動させる。ここを明瞭にすることで、ジョブの成果責任を明らかにすることができる。

ここでは成果責任と権限のバランスに注意が必要だ。成果責任を定めても、権限との釣り合いが取れていなければ組織運営上の不具合が発生してしまう。ジョブの定義をする際には、成果責任に応じた権限委譲についても検討する必要がある。(【図表5】)

成果責任と権限のバランス

日本版ジョブ型人事制度の報酬システム

日本版ジョブ型人事制度の報酬システム

報酬設計において、特に重視したいポイントは大きく次の3つである。日本版ジョブ型人事制度だけでなくどのような制度においても、多くの企業が是正していくべきポイントであるため、ぜひ参考にしていただきたい。

(1)期待成果・職責とのリバランス

ジョブ型人事制度へ移行する際に必ず発生する問題として、「給与をもらい過ぎる社員が発生する」ことが挙げられる。年功により高い給与をもらっていた人の職務が、制度の見直しによってそれまでよりも低い給与に設定されたケースなどがこれに当たる。この場合、従来の給与を維持するのではなく、激変緩和措置を取りながら必ず職務に見合った給与へ下げていくことが重要である。ただし下げればよいのではなく、該当者に対して一段高い職務へステップアップする道筋を説明することが大切である。

ジョブ型人事制度では報酬における曖昧な部分がなくなり、期待される成果や職責、報酬が適切に結び付くため、社員からすると「目指すべきところ」が明確になる。

カゴメの常務執行役員CHO(最高人事責任者)である有沢正人氏は、実際にジョブ型人事制度へ移行する際、社員1850名のうち約80名は給料が下がってしまう状態であったという。有沢氏は「コーチングとサポートを行うことで適切な運用のスタートが切れた」と振り返っている。

(2)男女格差の是正

報酬設計を考える際には、男女の賃金格差を是正することも重要である。これも決してジョブ型人事制度に限った話ではないが、ジョブ型人事制度を導入することで男女格差が埋まりやすいというメリットがある。

日本ならではの雇用形態として「総合職」と「一般職」がある。これはある種のジョブに基づいた区分けであり、一般的に男性が総合職、女性が一般職に就く傾向にあった。総合職に比べて業務の幅が限定されることから一般職のほうが賃金が安いため、男女の賃金格差を生む一因になっている。

マーケッターやデザイナーなど、戦略上重視される希少な専門技術を持った女性社員と、以前から高い役職に就いているがいまいち職責に見合っていない男性社員の賃金が逆転することも珍しくない。会社にとって戦略上どちらが重要なのか、その天秤を正せるのがジョブ型人事制度による報酬設計だ。

ジョブ型人事制度では、特定の職務に秀でた社員を適正に評価し、報酬を与えることができる。

(3)市場価値という新たな賃金水準

賃金水準は、社内や同業他社とよく比較される。いわゆる"内部"の労働市場と照らし合わせて水準を変えることが多い。しかし特定の専門人材の賃金水準が労働市場全体で吊り上がっていくことがある。顕著に見られるのがデジタル人材である。

デジタル人材は多くの企業で不足しており、業種業界に関わらず労働市場全体で獲得競争が起きている。また、日本国内のみならず、海外への人材流出も起きている。そうなると、他社ばかりかグローバルな賃金水準も意識せざるを得ない。実際、ソニーや楽天、ファーストリテイリングは、デジタル人材の初任給の引き上げを行うなどの対応をしている。

若手だろうが、中堅だろうが、組織において必要な職務に就ける社員がいるなら、早々に引き上げておくべきだ。それが行えるようジョブ型人事制度に移行し、市場価値をにらんだ賃金水準を設定することが不可欠となる。

ジョブ型人事制度を後押しするHCMツール

ジョブ型人事制度を実装するために発生する業務は多岐にわたり、これらをエクセルなどで管理・運用するのは現実的ではない。必ずクラウド型のHCM(Human Capital Management:人的資本管理)ツールが必要である。

HCMツールでは、ジョブの定義やポジションの管理(ポジションの設定や充足度の把握)、社員一人一人による自身のスキルの把握、研修機会(リスキリング)の提供など、人事制度運用に関わるあらゆる業務の効率化が可能である。こうしたツールを活用しながら、日本特有の雇用形態に即した日本版ジョブ型人事制度を推進していただきたい。

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