人事コラム
人的資本経営

企業の持続的成長を支えるサクセッションプラン

本コラムは、FCCフォーラム2023オリジナル講義テキストに掲載された内容です。

SCROLL

後継経営者育成の現状

企業の持続的成長を支えるサクセッションプラン

(1)サクセッションプランが求められる背景


企業が持続的に成長するには、次代の経営を担うトップ陣(役員含む)を計画的に育成することが重要である。しかし多くの企業では社長・CEOや取締役の選任プロセスについて、「現社長・取締役の後任は現社長が決める」という暗黙的な慣習があり、社長の専権事項とみなされてきた。また、後継経営者の解任の基準も明文化されていないことがほとんどだ。仮に社長・取締役に問題があっても解任されることは少なく、ガバナンスが機能していない企業も珍しくない。

実際に2018年の経済産業省の調査では、後継者の計画(サクセッションプラン)を作成していない理由として、約5割の企業が「後継者については社長・CEO等経営陣の意向が尊重されるため」と回答している。また、社長・CEO自身の再任も含め、取締役の再任の決定を最も左右しているのは「社長・CEO」であるという回答が多い。(【図表1】)

【図表1】任期満了時の再任を最も左右する決定する主体

こうした背景を踏まえ、経営の透明性確保を促すルールである「コーポレートガバナンス・コード」では、サクセッションプランの策定が推奨されている。ポイントは3点あり、①取締役会が主体となって後継経営者のサクセッションプランを策定・運用すること、②役員の選解任基準を策定すること、③指名委員会などの設置・活用を通じた指名・報酬に関する独立社外取締役の関与である(【図表2】)。コーポレートガバナンス・コードは上場企業に対するガイドラインであるが、サクセッションプランに関する内容は事業承継を見据える全ての企業に共通した指針として考えることができる。


【図表2】コーポレートガバナンス・コードにおけるサクセッションプラン関連事項

サクセッションプランは単なる人材育成ではない。「事業承継の経営システム」として取締役会が主体的に設計・運用していくことで、優秀な後継者が育成され、自社の持続的な成長につながるのである。


(2)指名委員会の実情


サクセッションプランに対して取締役会が主体的に関与することは重要であるが、全ての実務を取締役会が行うことは現実的ではない。そのため、取締役会の諮問機関として「指名委員会」が必要になる。

指名委員会とは、役員の指名方針の決定や、取締役・経営幹部候補者の選任案の検討、サクセッションプランの施策検討などを行う取締役会の諮問機関だ。その主な目的は、社外者の関与を強めて取締役の指名に関する客観性・透明性を高めること、少数のメンバーによる集中的な討議による効率的な議論の場にすることである。

東京証券取引所の調査によると、プライム市場において指名委員会を設置している企業は任意の委員会を含めて年々増加傾向にある。後継経営者の指名・選任を社長に一任するのではなく、機関を設計して監督・協議する体制が強化されつつあるのだ。

しかし一方で、まだまだ形式的な運用にとどまっている企業が多いのも事実である。経済産業省「日本企業のコーポレートガバナンスに関する実態調査報告書」(2021年3月)によると、指名委員会の開催頻度は年間0~2回が4割超を占めている。年間5回以上実施している企業は27%だった。

指名委員会を活用してサクセッションプランを推進していくためには、機関設計だけではなく計画的な運用体制まで設計しなければならない。

サクセッションプランの設計

(1)サクセッションプランの推進機関


サクセッションプランの推進では、取締役会、指名委員会、人材育成委員会を設置して役割を分担するのが一般的である。それぞれの機関が担う役割は【図表3】の通りだ。まずはこれらの機関を設計し、サクセッションプランを設計・運用していく。


【図表3】製造業A社の各機関設計例

(2)サクセッションプランの詳細設計


では、サクセッションプランは具体的にどのように設計していけばよいのだろうか。ここではタナベコンサルティングのコンサルティング実績を踏まえつつ、設計手順を解説していく。


①求める役員像を描く
サクセッションプランは、次世代の経営者候補人材を選抜・育成し、取締役に選任する一連の計画と実行施策全体のことである。このプロセスを円滑に運用していくためには、求める役員像(どのような人材が自社の取締役にふさわしいか)を明確にすることが重要だ。

求める役員像を描く際のポイントは、「理念(不易)」と「ビジネスの方向性(流行)」の2軸で検討することである(【図表4】)。現在の経営環境をもとに役員像を描くのではなく、今後の環境変化なども見通して検討することで、役員に必要な能力などを早期に学ばせることが可能だ。加えて、社外取締役や外部アドバイザーの意見・知見も取り入れ、客観性・透明性を高めることも必要である。


【図表4】求める役員像の体系図

②候補者の人選基準策定
人選基準とは、求める役員像を実現するポテンシャルを持った人材を、社内から選抜する際の基準だ。「経営者育成は10年かかる」という長期的な目線の下、定年前に役員へ登用できるかなど年齢に関する課題も考慮し、人事評価(現在のパフォーマンスの状況)や外部アセスメントなどの情報をもとに選抜基準・方法を策定する。(次頁【図表5】)


【図表5】製造業A社における人選基準例

③育成計画の立案
求める役員像と人選基準が決まったら、候補者の育成計画を立案する。この計画立案と実施は、サクセッションプランの策定において最も重要な取り組みである。

候補者育成は、現場でのOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を中心に行う。育成のポイントは経営チームを率いる経験や、特定の専門能力を有する人材との協業などを通じて他者の持つ力を最大限に発揮させる力(リーダーシップや意思決定力)である。具体的には、求める役員像との整合性を確認しつつ、戦略配置(経験)・研修(個別・集合)・アセスメントの3本柱で組み立てていく。(【図表6】)


【図表6】製造業A社での育成施策例

④取締役の選解任基準と選解任プロセスの策定
役員の選任は、必要があるときにのみ実施する。手順としては、指名委員会による個別評価を行い、取締役会に答申し、次期役員を決議する。

役員候補者の評価は、①求める役員像と合致しているか(能力・資質)、②業務経験(事業部長の経験など)、③パフォーマンス(過去・現在のパフォーマンスは良好であるかどうか)、④健康状態について行う。これらの条件を踏まえて候補者とし、諮問委員会から取締役会へ答申する。(【図表7】)


【図表7】役員選任プロセスの一例

選任だけでなく再任・解任に関する基準についても明確にしていただきたい(【図表8】)。選任はコンピテンシーや業務経験といった点を重視するが、実際に就任後に再任するかどうかは、原則として期中のパフォーマンスに基づいて決定する。解任は不祥事や懲戒などといったよほどの事情がある際に適用されるものであるため、原則として法令・定款などへの違反の有無や、不祥事に関する責任の重さ・程度などを総合的に考慮する。


【図表8】役員の選任・再任・解任基準

人的資本に関する情報開示の国際的なガイドラインである「ISO30414」では、開示項目の一つとしてサクセッションプランも含まれる。企業が持続的に成長できるかを大きく左右するサクセッションプランへの投資は、人材・企業価値を高める「人的資本経営」そのものといえる。

コーポレートガバナンス・コードやISO30414に対応しなければならないという「守り」の姿勢ではなく、取締役が主体となって事業承継も含めた持続的な自社の成長のために、サクセッションプランをどのようにマネジメントしていくかという「攻め」の姿勢から、人材投資の仕組みを設計・運用いただきたい。

この課題を解決したコンサルタント

ABOUT TANABE CONSULTINGタナベコンサルティンググループとは

タナベコンサルティンググループは「日本には企業を救う仕事が必要だ」という志を掲げた1957年の創業以来
66年間で大企業から中堅企業まで約200業種、17,000社以上に経営コンサルティングを実施してまいりました。
企業を救い、元気にする。私たちが皆さまに提供する価値と貫き通す流儀をお伝えします。

コンサルティング実績

  • 創業 66
  • 200 業種
  • 17,000 社以上