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今週のひとこと

ピンチはチャンス。考え方を見直そう。

ピンチの時こそ成長のチャンスが

潜んでいる。

☆ 金融機関の競争力を高める原動力は「ひと」

 今回は、筆者が日頃コンサルティングや人材育成を行なっている金融機関の実情についてお話しします。
 日本経済を取り巻く環境は、人口減少や高齢化、地方経済の停滞などが挙げられ、地方の企業の設備投資は減少基調。その結果、金融機関の融資残高は縮小しています。
 加えて、日銀のマイナス金利政策の影響で収益力も低下しており、今後もさらに、人口減少や高齢化は進むことから、金融機関は今のうちに対策を打っておく必要があります。

 次に、金融機関の中を見てみると、来店客数の減少や、事務業務の集中化の進展によって支店の数や、そこで働く行職員数は減少傾向にあります。先日、ある地方銀行の人事部長とディスカッションを行った際、「量と質の両面で人材が不足しており、中長期的に見ても人材の確保は更に困難になっていく」と、おっしゃっていました。

 金融機関において、限られた人的経営資源を最大限に有効活用するためには、中・長期経営計画を実現するための、実効性の高い人材育成に取り組む必要があります。人的経営資源の現状の把握と、目指す姿を客観的に示し、優先順位が高く、大局的な観点で取り組むべき課題から着手することが必要です。

 環境が変われば、求められる人材も変わります。コモディティー化する金融商品での差別化が限界に近づいているなか、金融機関の競争力を高める原動力は「ひと」です。
 このことは、商品やサービスで他社との差別化がしやすい、民間企業よりも強く言えるではないでしょうか。

経営コンサルティング本部
コンサルタント
芝原 宏典

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既存事業を次のステージに導く「プラットフォームビジネス」

持続的成長の条件

(1)押さえておきたい環境変化

企業は環境適応業だ。全ての経営者は、環境変化にあらがうことはできない。従って、今後起こり得る環境変化を押さえておく必要がある。現時点で想定できる主な変化は次の通りだ。

まず、少子高齢化の進展で労働力人口の減少が加速し、人材不足・採用難が続くと予想されている。次に「働き方改革」。仮に、1日平均12時間労働で事業が成立しているとすれば、今後は3分の2の8時間労働で今以上に業績を上げなければならない。

さらに、東京オリンピック・パラリンピック以降は経済縮小が懸念されている。そして消費そのものに興味が薄い世代の増加で、マーケットの成熟化が進む。加えてAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などの技術革新によって、付加価値を生まない企業が淘汰されていく。

(2)持続的成長のための5条件

こうした環境変化の中にあっても、企業は成長を続けなければならない。その際の重要な持続的成長条件として、次の5つを挙げたい。

①戦略検討での優先順位

戦略検討における優先事項は「既存事業の維持・新規事業による拡大」ではなく、「既存事業の進化」である。

②経営資源の活用

①に関連して経営資源の活用に着目する。新しいことを一から始めるのは時間と労力を要する。実行スピード・実行容易性の視点から、既存事業を含めた経営資源の活用に着目したい。

③生産性の高い事業

例えば、拠点を増やして事業規模を拡大するといった人ありきの拡大策は、人材不足・採用難の時代には適さない。現状からの生産性向上が必須である。

④収益性の改善

スポット収益は不安定で、業績安定化に向けたベース・ストック収益(月額など定期的な収益)の基盤を構築する。

⑤ユーザー満足度の最大化のみにフォーカス

自前主義にこだわらず、顧客・ユーザーの満足度を最大化するために、ベストなパートナーの選択を考えることが持続的成長につながっていく。


既存事業強化に向けた「プラットフォームビジネス」の取り組み

(1)プラットフォームビジネスとは

プラットフォームとは、「土台」「基盤」や「場」を意味する。具体的には、Amazon.comや楽天のように「不特定多数の顧客向けに多くの企業が参加し、複数の製品やサービスを展開するEC(電子商取引)サイト」が一般的な認識といえる。

もっとも、そうした大規模サイトを構築し、かつ成功できる企業はわずかだ。そんな一握りの仲間に入ろう、と言いたいのではない。出発点は既存事業であり、到達目標点は、既存事業の強化による「ネクストステージ」への進化である。

(2)PFBの考え方

では、既存事業の進化につながるプラットフォームビジネス(以降、PFB)はどういうものか。例えば、あなたが企業向け仕出し弁当配達業を営んでいる(既存事業)とする。ジャンルは和風弁当で、取引企業は500社あり、利用者はメニューを見て事前予約する。事業を拡大するには利用頻度を上げなければならないが、毎日和風弁当では利用者も飽き、頻度が高まらない。

では、どうすればよいだろうか。

利用者視点でいえば、素材の工夫よりも中華や洋食を提供することだ。自前主義にこだわらず、500社という顧客基盤を中華や洋食が得意な企業に活用してもらう代わりに、顧客基盤使用料(ストック収入)を徴収する。つまり、顧客基盤をプラットフォーム化する。これがPFBの考え方である。

(3)PFBの3つのメリット

①定額利用料による「安定収入源の確保」

プラットフォームから「月額〇万円」などの定額利用料を得ることで、安定ベース収益基盤が構築できる。

②商品・サービス拡大による「顧客満足度の向上」

自社単独によるサービスは、提供範囲に限界がある。顧客ニーズの全てを自社で賄うことは、ほぼ不可能に近い。多くの企業に見られる「ワンストップソリューション」は果たして、顧客ニーズを満たしているだろうか。商品・サービスの押し売りになっていないだろうか。「脱自前主義」で他社にプラットフォームを開放する方が、顧客満足度は高まり、結果として売り上げと利益の拡大につながる。

③サプライチェーン主導による「価格決定権の獲得」

言うまでもなく、サプライチェーンで主導権を握る(発言力が強い)企業が、チェーン全体の価格決定権を持つ。日用品であれば川下の小売り、原材料の手配が大規模かつ難易度が高い業界であれば、川上の原材料メーカーが主導権を持つ。PFBではプラットフォームを提供する企業が、それを利用する企業よりも優位に立ち、価格コントロールが可能となる。


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PFBにおける3つの事業モデル

PFBは3つのパターンに大別される。次に挙げるモデルは、実際にコンサルティング現場で提案してきたものである(業界・内容は一部加工している)。

(1)サービス追加型モデル

自社のプラットフォーム上で他社の力を借り、顧客満足度の最大化を実現するモデル。リフォーム会社がOB客向けに経年劣化の点検だけでなく、シロアリ調査や年末大掃除の粗大ごみ引き取りなど、ニーズの多いサービスを定期メンテナンスに含めてパッケージ化し、月額定額制で提供する。シロアリ駆除やごみ回収はプラットフォームを利用する専門事業者が行う。つまりOB客とサービス事業者の双方から収益が得られる。OB客をプラットフォームとして活用する事例である。

(2)サービス併設型モデル

グリコがオフィス向けに展開している「オフィスグリコ」は、3段の菓子箱を設置して、社員がいつでも購入できるサービスである。箱の高さを5段にし、残り2段を他社に場所貸しすることで、2段分の定額利用料が得られる。企業のオフィスで確保している職域販売スペースを、プラットフォームとして活用する事例である。

(3)マッチングビジネスモデル

ある溶剤販売商社は、急な加工が必要な部品メーカーと、供給に余力がある工場を結び付けるプラットフォーム(マッチングサイト)を構築。成立した場合は決定案件に対して溶剤を販売する「三方よし」モデルを展開している。

同社にとっては案件ごとの溶剤販売に加え、工場の会員登録料によるストック収入や、遠方・小口取引先からの受注を効率的に集めることが可能となる。一から工場を開拓するのではなく、これまでに取引実績のある工場をプラットフォームとして活用した、既存事業延長型の事例である。

【図表】は、これまで述べてきたことを体系化したものである。自社の既存事業を強化する際の参考にしていただきたい。新規開拓や提供する商品・サービスのさらなる強化も確かに重要である。しかし、自社が有している事業基盤のプラットフォーム化は、現状の経営資源を活用するものであり、敷居は低く、期待できる効果が高い。ぜひ、既存の経営資源によるプラットフォーム化に取り組んでみてほしい。

タナベ経営 経営コンサルティング本部 部長 チーフコンサルタント 木内 健介
  • タナベ経営
  • 経営コンサルティング本部 部長 チーフコンサルタント
  • 木内 健介
  • Kensuke Kiuchi
  • 大手メーカーにて商品の企画開発、ブランドマネジメントなどに携わった後、タナベ経営入社。主に新規事業展開、事業戦略設計などで活躍中。クライアントの強みを引き出し、生かすことを信条とし、地に足の着いた展開で成果につなげることを得意とする。

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新しい働き方でイノベーションを生み出す

MSD 本社
MSD 本社

MSDは世界140カ国以上に医療品・ワクチンを提供する米国メルク社の一員だ。
事業の原動力となる、イノベーションを起こす自律した"人財"の活用に向けた先進的な人事制度を導入し、質の高い結果を出せる労働環境づくりに尽力している。


イノベーションを起こす自律した人財を求めて

松室 まず、MSDの概要についてお聞かせください。

太田 MSDは米国ニュージャージー州ケニルワースに本社を置く世界的な製薬会社、Merck & Co., Inc., Kenilworth, N.J., U.S.A.の日本法人です。世界140カ国以上で革新的な医薬品・ワクチンを提供し、2017年の売上高は約401億ドル、研究開発費は約73億ドルに達します。われわれのミッションは「世界中の人々の生命を救い、生活を改善する革新的な製品とサービスを発見し、開発し、提供する」こと。人の生命を救うことを目的に、革新的な新薬を世界中へ提供することに尽力しています。そのためにサイエンスの世界、医療の現場、ヘルスケアビジネスの中でイノベーションを起こすというビジョンを掲げています。イノベーションこそが、われわれが存在するための競争優位性となっています。

MSDは「がん」「プライマリーケア」「急性期・病院」「ワクチン」を重点領域とし、いまだ満たされていない日本の医療ニーズに積極的に応えています。製薬業界はこれまで、薬価制度などの規制に守られてきたおかげで競争もそれほど激しくなく、多くの企業が生き残ることができました。しかし、今ではそうした規制がむしろ逆風になりつつあり、経営環境は非常に厳しさを増しているのが現状です。そのような環境下でも、当社はがんをはじめとする重大かつ喫緊の医療課題の克服をリードし、世界中にインパクトを与えてきました。それは、当社の「人財」や「働き方」の"質"と深く関係していると思います。

松室 MSDが求める人財像はどのようなものでしょうか。

太田 まず、イノベーションを起こせる人財です。もう1つは、自分で考えて判断ができる、自律した人財。指示を待つとか、言われたことだけをやるとかとは真逆で、自分を厳格にコントロールできる人財といえます。自分で自分の働き方をデザインできるとか、自分の働く方法を自ら考えて選択できるといった資質は非常に大事だと考えています。

松室 求める人財像と会社の生産性は深く関係します。MSDにとっての生産性の定義は何ですか。

太田 当社は投入する時間や努力の量などで生産性を測ることはなく、あくまで結果(アウトプット)で評価します。これは働き方と密接に関係しています。出版社の編集者と作家の関係に例えると、編集者にとって大切なのは「依頼した小説の出来具合」ですよね。質の良い小説を書いてくれることが重要であって、机の前に長い時間座ってもらうことが目的ではありません。朝から晩まで書斎にこもっていようと、時折遊んでいようと構わないわけです。それと同様に、毎日同じ時間に来て上司の前で時間を過ごすことが重要なのではなく、良いアイデアを思い付くとか、より論理性のある結論にたどり着くことを求めるのが、生産性だと考えます。

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MSD 取締役執行役員 人事部門統括 兼 人事部門長 太田 直樹氏
慶應義塾大学経済学部卒。1987年三和銀行(現三菱UFJ銀行)入行後、支店勤務を経て留学派遣。1992年ニューヨーク大学経営大学院修了。2001年日本ゼネラル・エレクトリック入社。コーポレート部門で人事部組織開発担当マネジャーなどを歴任。2006年アイエヌジー生命保険執行役員常務人事担当として入社、2007年常務取締役。2009年MSD(旧万有製薬)入社、取締役執行役員人財開発室長。2010年MSD取締役執行役員人事部門統括兼人事部門長(統合により社名・部門名変更)。

費やした時間ではなく結果を管理

松室 社員が定時に出勤してきちんと机に着いているかどうかを管理しないと不安で、ダイナミックな施策のとれない会社が多いものです。MSDが現在のような方針に転換できたポイントは何でしょうか。

太田 会社のミッションとそれを実現するための戦略が明示され、それに従って各部門や部署へ「いつまでに、ここまでやる」という役割がトップダウンで下りてくるという、外資系ならではのスタイルが大きく影響していると思われます。組織やプロジェクトのリーダーは、設定した納期までに、期待したクオリティーの成果物が出てくるかどうか、また、そのプロジェクトの進捗管理をすることが求められます。労働時間量のチェックは本質的な役割ではなく、例えば、「このプロジェクトを1カ月以内に遂行するのであれば、1週間目までにアウトライン、2週間目までに所定のデータ、3週間目までにはドラフトを見せてほしい」といったことを明示・共有してチェックします。外資系は明確なパフォーマンスを出さないと会社から評価されませんからね。

萩原 規制に守られた業界特性のせいなのか、社員は決められたルールや方法に則って正確に、確実にプロセスを遂行することは得意としています。一方で、自由な発想でものを考えたり、これまでとは違うやり方を試したりということは比較的苦手としていました。ですから、「今までのやり方がベストとは限らない。もし全く異なる方法により、より短期間で大きなインパクトを出せるのであれば、その方法を編み出すのが私たちの仕事だ」と伝え続けて、これまで変革を促してきたように思います。

松室 結果のクオリティーや納期を指示することは簡単ですが、ゴールのイメージレベルをきちんと共有しないと、求めるアウトプットは出てきません。アウトプットのレベル設定に関して取り組まれていることはありますか?

太田 上司と部下だけでアウトプットの評価を決めるのは、主観に左右されるので難しいところがあります。最終成果に影響を受ける同僚や関連部署など、多方向のステークホルダーからの評価も加味されるべきです。

萩原 また、「この取り組みによって最終的に何が起こってほしいのか」というような「目指す姿」を組織全体で具体的にイメージすることが重要だと考えます。プロジェクトチームはもちろん、プロジェクトや部門を超えたできるだけ大きな単位で最終的な「あるべき姿」を共有できていれば、スムーズに成果につながっていくでしょう。例えば人事の仕事を例にすると、在宅勤務制度などの新しい人事制度を導入するだけであれば明日にでもできます。ですが制度導入はゴールではありません。その制度に込められた会社の意図を社員一人一人がしっかりと理解し、その制度が浸透することで会社全体にどのような良い変化が生まれていくのかを社員が具体的にイメージできている状態をつくること。そして、そこを目指して社員が自発的に正しく制度を使う会社にしていくことが、制度担当者に求められるアウトプットなのだと思っています。

松室 今のお話を伺い、多くの日本企業において上司から部下への指示は「顧客不在の"手段の伝達ゲーム"」になりがちだと痛感します。それが望む結果を導き出せない本質的な問題なのですね。

真鍋 全社でゴールのイメージを共有するために、取り組んでいることはありますか。

萩原 社員にはさまざまな分野の担当役員と対話をする機会が多く与えられており、こうしたコミュニケーションを通じてビジョンや戦略への理解を深めています。また、上司やチームとは仕事(アクション)の目的や起こり得る変化、成果について十分に話し合い、ゴールのイメージを共有します。

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MSD 人事部門 人事グループ マネージャー 萩原 麻文美氏
慶應義塾大学卒業。2001年、MSD(旧万有製薬)に医薬情報担当者(MR)として入社。岡山大学病院ほか、岡山県内の医療機関を担当。2006年に広報部門に社内異動し、2009年より現人事部門。2014年より人事グループで人事制度、労務政策、ダイバーシティ&インクルージョン、働き方改革などを担当。

経営戦略やビジネス戦略と密接に関連した人事戦略

松室 具体的な人事諸制度についてお聞かせください。まず、在宅勤務制度についてお願いします。

太田 最大の特長は、自分らしい働き方を自分でデザインできることです。使用理由は問いませんし、日数制限もありません。以前から導入している裁量労働制との相性も良く、働く時間や場所に縛られることなく自分らしくパフォーマンスを発揮することができます。

例えば、ヨーロッパとの仕事がメインの社員は、午前中に仕事を始めるものの、休憩時間を長めに取って日中ジムへ行って泳いだりしています。そして、夕方にピークタイムを迎えるといった具合です。また、仕事の途中に公園で家族とランチを楽しんだり、犬の散歩に出たり、ちょっとした家事を挟んだりしてリフレッシュしながらパフォーマンスを上げている社員もいます。始業や終業の時間を自己裁量で決められるので、緩急を付けて自分らしく働くことができます(【図表】)。これにより、クリエーティブ、イノベーティブな部分を含めて、その人の生産性が最大になる働き方を目指します。さらに他社では存分に実力を発揮できない人財が、このようなフレキシブルな働き方に魅力を感じて当社へ入社してくれることも大いにあります。

MSDの在宅勤務制度活用例
【図表】MSDの在宅勤務制度活用例

松室 新卒、中途ともに採用が難しい環境では、大きな競争力になりますね。

真鍋 とはいえ、在宅勤務だと日常の仕事の風景が見えなくなります。その中から出てくるアウトプットをどのように評価しているのでしょうか。

太田 業務によって評価の仕方は異なると思います。例えば、人事の仕事は年単位の長期的なスパンで仕事を評価することになります。そのため、社員に期待する優先順位を示し、それぞれに対する本年度の到達点を明らかにして、到達するまでの進捗具合を確認します。その際、上司と部下が頻繁にミーティングを行って「会社としてやらなければならないことを、きちんと実行できているか」を詳細に確認することがポイントになります。

松室 会社の経営そのものが、社員の将来設計やロードマップにきちんと落ちている感じですね。それに対し日本企業は経営と人事制度が分離している気がしてなりません。

太田 在宅勤務にしてもダイバーシティーにしても、それに取り組むことが私たちのビジネスゴールにどんなインパクトを与えるか、そこがスートになっています。人事戦略はそれ自体が独立したものではなく、あくまで経営戦略の一部として機能するものだと思います。

松室 次に「地域限定勤務」を紹介してください。

太田 製薬会社は日本各地に営業担当を置いて医師や医療関係者との信頼を築くビジネスモデルを取ってきました。全国転勤が当たり前であるためライフプランを立てづらいのも事実ですが、一方で、そのハードシップへの対価を社員の給与に上乗せしてきたと言えます。しかし近年、親の介護のために地元に帰りたい、子どもの教育のために住む場所を安定させたいと希望する社員が増えています。そうした声に応えて2014年に販促子会社の「日本MSD」を設立し、地域限定での雇用を始めました。転勤がない分、前述の「全国転勤ハードシップ」としての対価はなくなり、それによって給与は下がることになりますが、例えば、介護が終わったら日本MSDからMSD(全国転勤あり)に復籍することも可能ですし、その場合は給与は元に戻ります。最近増えている地元志向の新卒も採用していますが、社内転籍者の半数以上を占めるのは介護ニーズのある中高年男性です。当社では、雇用形態や在宅勤務、裁量労働制などの柔軟な働き方により、介護離職を大幅に減らすことができると考えています。

松室 介護はデリケートな問題で、相談先すら分からずに悩んでいる人たちがたくさんいます。大変、先進的な制度ですね。ディスカバリー休暇はどのような制度ですか?

太田 事由不問で年間最大40日取れる長期休暇制度です。2カ月間を短期留学や海外ボランティアなどに使ってもいいですし、夏休み期間中の子どもと一緒に過ごしたいという理由でも構いません。断続的な取得も可能なので、例えば毎週1日ずつ休暇を取れば、週休3日の働き方が約1年間実現します。

松室 活用者はどれくらいいるのですか?

萩原 現時点では試験導入の段階ですが、十数名の活用実績があります。これまでのキャリアやライフプランを見直したり、長い休暇期間がなければできないような自己実現につなげていただければと考えています。さらに社外で得た知見や自分の成長を、社内に還元していただきたいと思います。これも、イノベーションを生み、「思い切って休もう」と決断できる「自律した社員」の育成を目的とした制度です。

タナベ経営 経営コンサルティング本部 本部長代理 戦略コンサルタント 松室 孝明 慶應義塾大学卒業。化粧品メーカー勤務を経て、2005年タナベ経営に入社。ヘルスケア関連の中堅企業を中心に、業績アップに向けた戦略立案・営業力強化、新分野進出・新規事業開発、ビジネスモデル・収益構造改革など、「数字を変える」ためのコンサルティングを中心に幅広く活躍。座右の銘は「結果の出ない努力は無駄である」。
タナベ経営 経営コンサルティング本部 本部長代理 戦略コンサルタント 松室 孝明
慶應義塾大学卒業。化粧品メーカー勤務を経て、2005年タナベ経営に入社。ヘルスケア関連の中堅企業を中心に、業績アップに向けた戦略立案・営業力強化、新分野進出・新規事業開発、ビジネスモデル・収益構造改革など、「数字を変える」ためのコンサルティングを中心に幅広く活躍。座右の銘は「結果の出ない努力は無駄である」。

目的と終わりを明確にして成果の出し方を改革する

松室 いま、世間でいわれる「働き方改革」に対する感想をお聞かせください。

太田 正しい照準を持って働き方改革に取り組んでいる人と、そうでない人が混在しているように感じます。社員の働き方だけ変えるのは難しいし、意味がありません。会社が成長するための手段の一つとして社員の働き方を変えるべきですし、そのためには経営も会社も変わる必要があります。

松室 働き方改革ではなく、「成果の出し方改革」ですね。

太田 その通りです。どの会社にも、毎日朝早くから夜遅くまで働いているように見えて、実は大した成果を出していない社員がいるし、一方では例えば、家事との両立の中で限られた時間で最大限の成果を出そうとする人もいます。どちらが会社にとって価値のある社員なのか。そこを改革しないと日本は何も変わらないでしょう。

萩原 何を目的に働き方を変えたいのかをしっかり決めるべきだと思います。当社の場合は、ビジネスでの優位性を築くためにはイノベーションと社員の自律性を向上させる必要があると考え、働き方改革を行っています。「世間的な流れだから労働時間を短縮しよう」というように目的があやふやなまま動き出してしまうと、絶対にうまくいきません。

松室 中堅・中小企業が明日からできる取り組みをご提言いただけませんか。

太田 求める結果を明確にすることだと思います。「わが社はいつまでに何を達成しなくてはならないのか。そのため、各部署に何を求めているのか」を伝えるのです。中堅・中小企業なら、社長がそれを自由かつ大胆に決めることができ、場合によっては速やかに変更できます。それが全社で共有されたら、「今日はここまでやったから定時に帰る」とか「今月中にこれを終わらせたら、休んでも大丈夫」「年度中にここまでやったら、1週間休んでもいい」といった考え方が定着します。目的と終わりをはっきりさせることが大事で、それは中堅・中小企業の方が得意だと思います。

萩原 規模の大きな組織では、どうしても制度を通じて集団の意識や行動を変えようという発想になります。一方、小さな組織であれば一人一人がどのような働き方や生き方を望んでいるかを直接聞き取ることで、今まで気付かなかった社員のニーズや組織の課題が発見できると思います。そこから打つべき策を見つけていくのがよいのではないでしょうか。

松室 本日は貴重なご意見をいただき、どうもありがとうございました。

PROFILE

  • MSD㈱
  • 所在地:〒102-8667東京都千代田区九段北1-13-12 北の丸スクエア
  • TEL:03-6272-1000(代)
  • 設立:2010年
  • 資本金:263億4900万円
  • 売上高:3587億4900万円(2017年1-12月薬価ベース)
  • 従業員数:約3500名(2018年4月現在)
  • 事業内容:医療用医薬品、医療機器の開発・輸入・製造・販売
  • http://www.msd.co.jp/
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    06-7177-4008
    担当:タナベコンサルティング 戦略総合研究所