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今週のひとこと

攻めの目標だけでなく、守りの目標数値
も設定しよう。
「この基準を超えてはならない」という
ルールを決めて実行しよう。

強い現場の「生産性カイカク」

 MM総研の調べ(2019年6月)によると、クラウドサービスの国内市場規模は約1.9兆円(2018年度)。同社の予測では、2023年度までに約4.5兆円へ拡大する見通しです。
 クラウドサービスとは、コンピューター上で使うデータやソフトウエアを、ネットワーク経由で利用者に提供するものです。利用者はインターネット環境があれば、どの端末(スマートフォンやタブレット)でもサービスを利用できます。以前まで、データやソフトウエアは利用者自身が保有して使っていました。しかし、クラウドサービスを利用すれば、購入やシステムの構築、運用管理にかかる手間や時間の削減など、効率化やコスト削減を図ることができます。

 例えば、クラウドサービスの一つに「電子契約システム」というものがあります。今までは紙でやりとりしていた契約書の決裁・締結・管理などをインターネット上で行うものです。契約締結の時間が大幅に短縮できるほか、ウェブ上で完結するため印紙税はゼロ。契約書の原本の配送コストも不要で、業務効率化とコスト削減につながります。
 また、クラウドサービスを活用すれば時間や場所を選ばずに働くことも可能なため、テレワーク(在宅勤務)も導入しやすくなります。昨今は多くの企業が「働き方改革」を進めていますし、ご承知の通り新型コロナウイルスの感染拡大で在宅勤務に移行する職場も増加しています。事務部門(バックオフィス)が効率化すれば、営業部門(フロントオフィス)は顧客価値向上の業務へ重点的に取り組めます。企業規模にかかわらず、クラウドサービスを導入・運用することは経営合理化を進める上で不可欠と言っても過言ではないでしょう。

 とはいえ、ITシステムやハードウエアを一貫性なく導入し、全体のバランスを無視して運用している企業も少なくありません。便利だからといって、非効率な部署や業務に導入を先行させると、一部だけの効率化が先行して部分最適となり、全体が「運用不最適」に陥るといったケースです。CRM(顧客関係管理)、RPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション=定型業務を自動化するソフトウエアロボット)、MA(マーケティングオートメーション=マーケティング業務の自動化)など最新のシステムを採用したところで、それぞれがつながっていなければ混乱を招くだけです。

 全体の業務プロセスの中で、それぞれの業務の位置付けを明らかにして、顧客動線や事務動線をしっかりとつなげる仕組みを設計することが重要です。また、仕組みは一度構築して終わりではなく、定期的に見直して運用を改善していくことも大切です。クラウドサービスは急速度で進化と拡大を続けており、それとの乖離(かいり)が大きくなれば、新たな機能を活用できないばかりか、社内業務の陳腐化が進むことも考えられます。
 クラウドサービスの導入は、あくまでも「効率化」という目的を達成するための手段です。クラウドの導入が"目的"にすり替わることがないよう、導入する目的を意識しながらクラウドを活用いただきたく思います。

SPコンサルティング本部
副本部長
脇阪 佳人

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新潟県発祥の角上魚類ホールディングスは1都6県に鮮魚店を22店舗展開し、売上高は341億4500万円、営業利益率は6%を超える(2019年3月期)。ずば抜けたバイイングパワーと店舗運営で0.05%という驚異的な商品ロス率を実現し、商品と店舗の"質"で日本一を目指す同社の戦略を、代表取締役会長兼社長の栁下浩三氏に伺った。
鮮度・値段・品ぞろえ・態度にこだわる個店主義

若松 角上魚類ホールディングスは、事業会社3社(角上魚類新潟、角上魚類北関、角上魚類)が1都6県(新潟県、群馬県、長野県、埼玉県、千葉県、神奈川県、東京都)で鮮魚店「角上魚類」を22店舗運営されています。1974年の創業以来、売上高は右肩上がりで推移し、2019年3月期に341億4500万円。営業利益率は6%を超え、自己資本比率も70%を超える企業にまで成長されました。まず、栁下会長が鮮魚店を始めたきっかけをお聞かせください。

栁下 今から45年ほど前、スーパーマーケット(以降、スーパー)の台頭に伴って街の魚屋が次々につぶれていきました。そんな折、近所にできたスーパーを見学に行き、初めから切り身にしただけの売り方や、イワシやアジといった名の知れた魚種しか並べない仕入れ方針に違和感を覚えました。

最も驚いたのは、魚の値段の高さです。私は実家の網元を手伝っていたので、魚のだいたいの卸値が分かります。そのスーパーでは卸値の2倍以上で魚を売っていました。そこで、「自分なら、もっとおいしい魚をスーパーの半値以下で売れる。そうしたら、田舎に店を出してもお客さまは車に乗って買いに来るのではないか」という単純な発想でスタートしたわけです。

若松 スーパーの鮮魚が高値になる理由は何だと思われますか。また、「もっと安く売れる」と確信したポイントは何ですか。

栁下 鮮魚は日持ちしない商品だからです。水揚げされた魚はその日に売り切るのが原則で、翌日には大幅に鮮度が落ちてしまいます。つまり、ロスになるリスクの高い商品なのです。 さらに、魚には一定の原価がなく、水揚げ量によって仕入れ値が上下しますし、仕入れる量も限られます。ところが、大手スーパーは水揚げ状況に関係なく、売れ筋の魚を定量獲得しようとするから売値が跳ね上がるのです。 そこで私は、市場へ足を運び、水揚げ量の多い魚を中心に仕入れることがポイントだと考えました。これは安い魚の提供に直結します。また、魚の品ぞろえにも配慮し、旬の魚は積極的に仕入れるようにしました。そして1974年、砂浜を横切る海岸通りに鮮魚直販店を出しました。当時は、「砂漠にポツンと建つ魚屋」といったイメージでした(笑)。

若松 どのような理念や方針で店舗を運営しようとお考えでしたか。

栁下 どうしたら、お客さまがこんな田舎の魚屋までわざわざ車で買い物に来て、「良かった」と思ってくれるのだろうと必死に考えました。その結果、鮮度・値段・品ぞろえ・態度に、徹底的にこだわろうと決めました。「魚の鮮度が良くなくてはならない」「車のガソリン代が負担にならないよう、商品の値段が安くなければならない」「あれこれ選択できるように、豊富な種類の魚がそろっていなければならない」「お客さまには感謝の気持ちを持って接しなければならない」です。これは、今でも当社の店づくりの基本理念になっています。

若松 それは、いわゆるチェーンストア理論とは異なる、個店主義の方針ですね。チェーンストアは、ロス率のリスクが高いため魚の値段は割高で、品ぞろえに変化がなく、顧客一人一人のニーズにまで手が回りません。栁下会長は素直に顧客と向き合い、本質的な商売をやってこられたと言えます。

栁下 当時の私は、「商売はどうあるべきか」が分かりませんでした。「お客さまに喜んでいただきたい」と一心に思っていただけです。店頭に旬の魚をはじめとする多彩な魚を廉価な値付けで並べ、お客さまへ魚の特徴やおいしい食べ方をしっかり伝え、一人一人の要望に合わせて魚をさばく――。そんな昔ながらの魚屋のスタイルが喜ばれて、リピーターが増えていきました。

高付加価値と低ロスを生む 強烈なバイイングパワーと店づくり

若松 1976年に「角上魚類株式会社」を設立され、1984年に高崎店(群馬県高崎市)を開いたのを皮切りに関東への出店を始められて、現在は22店舗です。

栁下 順調に売り上げが伸びていた1980年ごろ、関越自動車道の部分開通(東松山IC~前橋IC)に合わせて群馬や埼玉ナンバーの車に乗って来店するお客さまが目立つようになりました。全線開通したら新潟と関東がぐんと近くなると思い、お客さまを待っているだけでなく、こちらから関東へ魚を持って行って売ろうと考えたのです。

若松 先日、赤羽店(東京都北区)を訪問しました。インショップ(商業施設内の独立店舗)型の鮮魚店で、あれほど多様な魚が並んでいる店は見たことがありません。品ぞろえの技術がずば抜けていますね。商品はどのように店舗へ供給しているのですか。

栁下 新潟の市場に8名、豊洲(東京都)の市場に7名のバイヤー(仕入れ担当者)が張り付いて、魚を仕入れています。早朝、新潟と豊洲で連絡を取り合って相場を確認し、同じ魚なら安価な方の市場から仕入れることで、仕入れの優位性を確保しています。 また、当社では売値はバイヤーが決めます。魚は水揚げ量によって値段が大きく動きますから、例えば今日は1箱1500円の魚が、1000円の時もあれば2000円の時もあります。バイヤーは相場の動向を見ながら「安い時は原価(仕入れ値)よりも割高で売り、高い時は原価で売る」といった"魚の価値"に基づく値付けを行うわけです。

若松 魚の価値を見極めるのは至難の業です。バイヤーは「栁下会長の分身」と言える存在ですね。

栁下 バイヤー歴3年から15年の社員が、日々、魚の価値を見分ける力を磨いています。各店舗への発送もバイヤーの担当です。

若松 「量の最適性」がありますが、店舗ごとの品ぞろえと発送量はどのように調整するのですか。

栁下 バイヤーは各店舗の販売キャパシティーを把握していますから、各人の裁量で発送する魚の種類や量を調整しています。

若松 商品ロス率はどの程度なのでしょうか?

栁下 ロスはほとんどなくて、0.05%くらいですね。普通のスーパーでは7%くらいです。

若松 強烈なバイイングパワーが、低いロス率を生んでいるのですね。ところで、店舗にはどのようなバリエーションがあるのでしょうか。

栁下 単独店とインショップ型があり、11店舗ずつ展開しています。売り場面積は単独店で120〜130坪(396~429m2、1坪=3.3m2で換算)、インショップ型では80坪(264m2、同)以上でないと出店しません。バックヤードも売り場面積と同じくらい必要です。角上魚類らしさを出すには、最低でもこれだけのスペースがなくてはなりません。

若松 ここ数年、店舗数は22を維持されています。新たな出店計画はないのですか。

栁下 当社の販売スタイルでは、魚をさばいたり、魚の特徴や食べ方を説明したりするスタッフが、1店舗に十数名は必要になります。新しい店を出すとなると、スタッフの頭数をそろえればよいというわけにはいかず、既存店から業務に精通したスタッフを回すことになります。多店舗化には、既存店の質が落ちてお客さまに迷惑をかけてしまうリスクが常に付きまとうのです。 それに、私が売り場をしっかりチェックするには22店舗が限界。さまざまなところから出店要請がありますが、既存店の売り上げが順調に伸びていますから、無理して出店することはないと考えています。

にぎわう店舗。多くの顧客が、確かな目利きによって仕入れられた鮮魚を求めてやって来る(上) 魚に精通したスタッフが、さばき方や食べ方を顧客にアドバイスするなど丁寧な接客を行う(下)
にぎわう店舗。多くの顧客が、確かな目利きによって仕入れられた鮮魚を求めてやって来る(上)
魚に精通したスタッフが、さばき方や食べ方を顧客にアドバイスするなど丁寧な接客を行う(下)

新卒社員を定期採用して人材でも"質"の日本一を目指す

若松 「お客さまに喜んでいただきたい」という、栁下会長の強い思いが感じられます。

栁下 既存店の売り上げが伸びるのは、お客さまがしっかりとリピートしてくださるからです。関東に進出した時に、私は「日本一の魚屋になる」と宣言しました。それは売上高や店舗数といった規模を膨らますのではなく、魚屋としての"質"を磨くこと。つまり、商品と店舗の質を究極まで高め、日本で最もお客さまの役に立つ魚屋になり、お客さまから「魚を買うなら角上魚類」と言われる存在になることを指します。

若松 タナベ経営は100年先も一番に選ばれる会社、「ファーストコールカンパニー」を目指そうと提唱しています。角上魚類はまさに一番に選ばれる"魚屋"ですね。 さて、日本一を実現するには、優れた人材も不可欠です。角上魚類も新卒採用に意欲的に取り組んでおられますが、人材に対するお考えをお聞かせください。

栁下 1993年に川口店(埼玉県川口市)を構えた際、関東で本格的に店舗展開を図るなら、若い人材を集めなければならないと思いました。それで大卒の新入社員を採用するためにいくつもの大学に足しげく通い、3名を入社させることができました。それから次第に採用数を増やし、10年ほどたつと高卒、専門学校卒を加えて毎年30名前後の新卒を定期採用するようになりました。今年(2019年)も大卒10名、専門学校卒1名、高卒17名の計28名が入社しました。

若松 積極的に採用に取り組まれてきたのですね。人材育成にはどのように取り組まれていますか。

栁下 新入社員は配属された店でのOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が育成の中心になっています。「指導パートナー」と呼ばれる先輩が、接客方法や心得、魚のさばき方などをマンツーマンで段階的に教えることで、包丁の持ち方すらおぼつかない新人でも、数年のうちにベテランの技を習得できます。 さらには営業部に「育成指導課」を設置して、各店舗の若手社員に仕事の進め方を教示し、悩み事や要望を聞きながらモチベーションを高めてもらう活動を始めました。また、各月ごとの習熟度を測り、スキルアップを可視化できるよう取り組んでいます。 また、私の指導語録をまとめた『角上魚塾』という冊子を作って、新入社員と入社4、5年目の社員へ向けた講義に使っています。

既存店の売り上げが順調に伸びていますから、 無理して出店することはないと考えています

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角上魚類ブランドを浸透させ「魚離れ」を防ぐ

若松 2016年、売上高が300億円を超えたのを機に持ち株会社「角上魚類ホールディングス」を設立されました。グループの未来についてどのようにお考えですか。

栁下 現在、私は角上魚類ホールディングスの会長兼社長を務め、事業会社3社の社長は、息子(栁下浩伸氏)が務めています。将来的には息子が持ち株会社の社長になり、事業会社はそれぞれの社員の中から社長を選んだ方がよいと考えています。

若松 私も同感ですね。事業センスは遺伝しませんが、経営センスは後天的に学べます。経営者をたくさんつくると、会社が強くなると私は考えています。

栁下 朝の仕入れが、その日の売り上げに直結する世界で、よく45年近くも売り上げを落とさずにやってこられたなと不思議に思います。これも社員が頑張ってくれたおかげです。そんな社員への感謝の気持ちを込めて、2019年5月に「令和記念」としてパート社員も含めた全社員へ、金一封を支給しました。何の告知もしなかったので、皆、驚いたようです。

若松 角上魚類というブランドがもっと広く知れ渡り、多くの家庭の食卓においしい魚料理が並ぶようになると、「魚離れ」も収束するでしょうし、むしろ「魚好き」の人が増えそうです。

栁下 最近、「お客さまファースト」などと言われますが、私はお客さまに喜んでいただくことがうれしくて、当たり前のように努力してきました。これからも、お客さまへの感謝の気持ちがこもった小さな魚屋を精いっぱいやっていきます。

若松 小さな魚屋と謙遜なさいますが、1店舗でどれくらい売り上げるのですか。

栁下 小平店(東京都東久留米市)が最多で年商約30億円、最も少ない店で年商約9億円です。

若松 業界の常識では考えられない見事な経営です。ぜひ、これからも"一番に選ばれる魚屋"としての「質」を極めてください。本日はありがとうございました。

角上魚類ホールディングス㈱ 代表取締役会長兼社長 栁下 浩三(やぎした こうぞう)氏 1940年4月25日寺泊(新潟県長岡市)に生まれる。実家は、江戸時代からの網元兼卸問屋。県立新潟商業高校卒業後、実家を継ぐものの、沿岸漁業の縮小、スーパーマーケットの台頭により小売業に転換。現在は角上魚類ホールディングス代表取締役会長兼社長として、関東、信越に22店舗を展開している。

タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ) タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。

PROFILE

  • 角上魚類ホールディングス㈱
  • 所在地 : 新潟県長岡市寺泊下荒町9772-20(寺泊本社)
  •       埼玉県さいたま市岩槻区美園東2-16-5(美園本社)
  • 創業 : 1974年
  • 代表者 : 代表取締役会長兼社長 栁下 浩三
  • 売上高 : 341億4521万円(2019年3月期)
  • 従業員数 : 977名(2019年3月末現在)
 

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「管理職になりたくない」社員が6割以上

管理職ではない社員の61.1%が「管理職に昇進したくない」との調査結果がある(厚生労働省「平成30年版労働経済の分析」)。昇進したくない理由は、「責任が重くなる」(71.3%)が最多。次いで、「業務量が増え、長時間労働になる」(65.8%)、「現在の職務内容で働き続けたい」「部下を管理・指導できる自信がない」(共に57.7%)、「賃金が上がるが、職責に見合った金額が払われない」(34.1%)が続く。(【図表】参照)

【図表】 管理職への昇進を望まない理由
※【図表】 管理職への昇進を望まない理由出典:厚生労働省「平成30年版 労働経済の分析」
※出典:厚生労働省「平成30年版 労働経済の分析」

昭和時代のサラリーマンは、「管理職に昇進して、より高い報酬を得たい」という価値観が強く、企業側もそれを前提とした人事諸制度を整備することで、社員のモチベーションを喚起してきた。しかし現在は、管理職を「責任・労働時間に見合った報酬が得られない仕事」と見る社員が増え、相対的に管理職の魅力が落ちているのが実情である。

確かに、社員の就業意識は多様化している。また、全ての社員が管理職に昇進できないのも事実である。それに対して、「自分のやりたい仕事、適性に合った仕事で活躍したい」という社員を生かすための制度・仕組みづくりは、企業にとって生産性向上のためにも重要な課題だ。

しかしながら、「責任のある仕事を任されて苦労するよりは、今の仕事を続けて、それなりの報酬をもらえれば満足」と考える社員が増えるのは、組織活性上マイナスである。

「社員総活躍」に関する誤解

現在、社員の価値観の多様化に対応するため、人事制度の複線化を進める企業が多い。例えば、市場価値の高い優れたスキルを有して、個人のパフォーマンスで組織に貢献できる社員に管理職者相当(もしくはそれ以上)の処遇を与える「専門職コース」や、地域・職務を限定して組織に貢献したい社員を処遇できる「限定コース」などは、複線化人事制度の代表例と言えよう。

人事の複線化は間違いなく組織活性化上、必要なテーマである。前述の通り、「組織編制上、管理職者になることができない社員」「役割・職務を限定した方が能力を発揮できる社員」「育児・出産などライフステージの変化に伴い、仕事のボリュームを落とさざるを得ない社員」に活躍してもらうため、必ず取り組まなければならない。

しかしながら、複線化に目が向き過ぎて、管理職の魅力向上への取り組みが十分ではない企業も多い。事実、「働き方改革」を進めるに当たり、非管理職者の時間外労働の削減が進んだ半面、そのしわ寄せとして、管理職者の時間外労働が増えるケースも少なくない。非管理職者の仕事を管理職者が担うことで、非管理職者の時間外労働を削減しているのだ。

また、非管理職者には時間外労働手当が支給されるのに対し、管理職者には時間外労働手当が十分に支払われないため、非管理職の賃金が管理職よりも高くなる逆転現象は、ほとんどの企業で発生していると思われる。

業種・業態によって差はあるが、企業戦略は「組織・チーム単位で遂行される」のが原則であり、その原動力となるのは、紛れもなく「管理職・リーダー」である。モチベーションの低い管理職、長時間労働で疲弊したリーダーに率いられた組織。また、そうしたリーダーに魅力を感じていない部下が集まった組織で、戦略目標を達成できる可能性は低い。

そうした意味でも、管理職者の魅力向上とモチベーションアップは、企業の戦略推進上の重要課題と言える。

管理職に昇進できない(したくない)社員に活躍機会を与えることは必要だが、管理職の魅力を高め、管理職を目指そうという社員を増やさなければ、組織活力は向上しないのである。

管理職の「働き方改革」の推進

管理職の働き方改革については、2019年4月に「労働安全衛生法」関連省令が改正され、一般従業員だけに求められていた労働時間の把握を、管理職にまで拡大している。この改正の目的は、一般従業員と労働内容が実質的に変わらない管理職の過重労働を抑制することだが、企業もこの機会をプラスに捉え、「管理職の働き方改革」に取り組んでいただきたい。

管理職の働き方改革を進める判断基準として参考になるのが、冒頭で紹介した厚生労働省の資料である。「管理職以上(役員含む)の昇進を希望する理由」は、「賃金が上がる」(87.2%)が最も多く、次いで「やりがいのある仕事ができる」(73.6%)、「仕事の裁量度が高まる」(68.0%)、「部下を管理・指導する能力を向上させたい」(59.4%)となっている。

賃金については、総額人件費の関係から即対応することは難しいが、次のような管理職の報酬向上策は検討できる。

① 賞与制度(決算賞与も含む)を再構築し、管理職へ優先的に成果配分が行われる仕組みの導入を検討する(毎年、安定的に賞与原資が確保できるようになれば月額賃金のベースアップを検討する)

② 賃金カーブの再設計を通して、「能力」と「仕事」と「報酬」のバランスを図る。その中で得られた原資を、管理職に優先的に配分する(例えば、限定社員制度を導入して総合職と賃金格差をつけ、その格差から得られる原資を管理職に配分するなど)

③ 将来の要員計画の策定において、生産性向上による人員・外注費削減目標を設定する。生産性向上によって得られた原資を管理職に優先的に配分する(生産性向上の実現において管理職がリーダーシップを発揮することが前提)

この対策は、企業の実情によって「考え方」に差が生じる。その中で、管理職の働き方改革として取り組むべき課題は、「やりがい」の見える化と能力向上に向けたサポート(=教育システム)である。

「管理職の魅力が低い」と感じている社員が多い企業には、次の二つの共通点がある。

① 管理職の役割を明確に定義したものがない。または、規定されていても実態とかけ離れている、もしくは活用されていない

② 管理職に昇進する前後に、必要なマネジメント研修が行われていない

近年の管理職は、「労務管理」において多くの専門知識が求められ、また多様な人材を管理する必要があるなど、難易度が高くなっている。こうしたことから、一般社員の「管理職に昇進する不安」が高まっているのも、昇進に消極的な社員が増えている要因の一つだろう。

まずは、自社の管理職の役割・責任を定義し、その役割・責任を果たすための能力開発の仕組みづくりを始めることが、「管理職の働き方改革」の一丁目一番地だ。役割・責任が明確になれば、それを基準に業務改善も進めやすくなり、長時間労働の解消効果も期待できる。

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  • 経営全般からマーケティング戦略構築、企業の独自性を生かした人事戦略の構築など、幅広いコンサルティング分野で活躍中。企業の競争力向上に向けた戦略構築と、強みを生かす人事戦略の連携により、数多くの優良企業の成長を実現している。

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